「四半世紀を経て、預言者の如く還ってきたクジラ」ヴェルクマイスター・ハーモニー 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
四半世紀を経て、預言者の如く還ってきたクジラ
タル・ベーラの作品はたやすく時を超える。4Kで生まれ変わったこのモノクロームの黙示録的怪作と23年ぶりに対峙し、相変わらず催眠術にでもかかったかのように体と心が痺れゆくのを感じた。そこに東欧ハンガリーが辿ってきた歴史の苦悩が刻まれているらしいことはわかる。だが同時に、約四半世紀を経たいま、この映画が指し示しているのはむしろ「現代」なのではないかと、本作のことを預言者のごとく改めてまじまじと見入ってしまう我々もいる。見世物のクジラ。扇動者プリンス。怒れる人々。不気味に立ち込める街の空気。音もなく静かに広がる破壊、暴力・・・。もともと千差万別のメロディで自由に謡われていた人々の暮らしや価値観が一方的に定められた概念によって統制されゆく時、人間はそこから逸脱する者を集団で否定し、貶め、抑圧しようとする。そこに思考や理性は皆無。いわばこの映画そのものが、世界の現実を見つめ、謳い続けるクジラである。
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