「かつて緑の谷であった心のふるさと」わが谷は緑なりき Moiさんの映画レビュー(感想・評価)
かつて緑の谷であった心のふるさと
感想
ウェールズ地方の炭鉱の街にプロテスタンティズムに基づく敬虔な信仰心を持ちながら世代を越えて生活を営んできたある家族の姿を通して、当時の文化と移り変わる時代の変革を反映しつつ、時代がいくら変わろうとも、永遠に変わることのない人間的良心とは何か。また家族の絆とは何かを、周囲を取り巻く様々な人間模様を含め、淡々とした視点で描いた一大人間叙事詩とも言える作品である。
ジョン•フォード監督の考えるアメリカ合衆国の成り立ちの根幹を担う英国民の移民に至る歴史的かつ代表的な経緯と変遷の中にあったエピソードが気に入り、ひとつの家族が様々な事情により世界に分散して、変化していく様を移民の歴史とオーバーラップさせる描写を意図したのではないかという印象を持った。さらに全ての登場人物の心象風景の描写と人間の機微、何処にあっても変わらない確固たる信仰。またプロテスタンティズムをバックボーンとする人々の信念とは何であるかを、説明し述べることなく、事象として映像化し、観る者に静かに訴えかける。映画を観ている者がどのように感じ考えるか、という事が重要である。という主張を一貫して最後まで貫き通しているところが監督らしい。素晴らしいと思う。この映画が大好きな理由である。
日々の信仰から創作されてきた讃美歌が生活の中で自然と歌われ、さらに美しく豊かな民謡合唱の数々と美しいウェールズの炭鉱風景やボタ山のシーンが相まって、心の中の故郷の風景とはこういうものだという気持が映画を観るアメリカ人に芽生えるのだろう。美しいウェールズの風景に溶け込んでいる合唱に心を癒す。(実際は第二次大戦の影響でウェールズロケは出来なかったようだ)
冒険家•小説家であるC•W•ニコル氏とありがたくも直接話をする機会があった。ニコル氏によると産業革命から19世紀の末頃までに石炭を燃焼させるためにウェールズ地方では森の木が伐採され、美しい森が無くなってしまった時期があった。雨が降ると土砂崩れや鉄砲水が発生するようになったため、山に植林を開始して現在はある程度昔の姿に戻ったという。本作品を制作した頃はかつてあった森も無くなってしまったため、原作者のリチャード・ルエリンはかつて緑の谷であったのは懐かしい思い出として本のタイトルをわが谷は緑なりきとしたという。
我々日本人にはキリスト教は余り馴染みがないかもしれない。キリスト教の中にもローマン・カトリックやイギリス国教会、ロシア正教会等、様々な分派があるが、この映画に描かれているのはカルヴァン派メソジスト(プロテスタント)教会に属する教会の姿が描かれており別名、改革派長老教会とも呼ばれている。
余談だが、
司馬遼太郎は「明治という国家」の中で、武士道とプロテスタンティズムは思想的に似かよう部分が多く明治維新期、特に佐幕派の藩から出でた者にプロテスタント系キリスト教者になる者が多く、その代表的人物に維新前に脱藩密航状態で渡米し、人脈に恵まれ、メソジスト系のアマースト大学で神学を修め、森有礼により明治初の米国への全権使節団の通訳に抜擢、その功により日本に戻り、同志社を創立した新島襄と札幌農学校時代にアマースト出身のウィリアム•スミス・クラークの思想に影響を受け、のちに国際連盟事務総長を務め「武士道」を著作する新渡戸稲造を挙げている。
プロテスタンティズムはまんざら、全く理解できない考え方ではなく、むしろ日本人には親しみやすい信条を持っている宗教なのかもしれない。かく言う自分もキリスト教者ではないが、本作品より思想的影響を受けて今日の人間性に至っている事は間違いない。
この映画は現代社会に生きる上でも、人として最も大切な事はなにかを人間模様のドラマを通して訴えている。仕事(労働)について。人間関係について。家族の在り方について。揚げるときりがないが、観る度に本質を教えられるような気がする。観る年齢により感想は変わる。繰り返し観るべき映画である。
主演
グリュフィード牧師役 ウォルター・ピジョン
「禁断の惑星」 本作品が代表作。
アンハードモーガン役 モーリン・オハラ
「静かなる男」「スペンサーの山」でも有名。
監督のお気に入り女優。
ギルムモーガン役 ドナルド・クリプス
「緑園の天使」 「スペンサーの山」名脇役。
ブローウィン役 アンナ・リー
「騎兵隊」
「サウンドオブミュージック」
トラップ家の舞踏会時の招待客役 さよならごきげんよう"演奏時、エリナー・パーカー、クリストファー・プラマーの隣、アップで映る。しかしクレジットはシスターマルゲリータになっている。
ヒューモーガン役 ロディ・マクドウォール
「猿の惑星」 本作で名子役として名を上げる。
⭐️5
生涯ベストワン作品
Gustavさん。こんばんは。
Gustavさんのファウンデーションはモーガン家に似ているのですね。しかも監督と同じ末っ子なんて。ある意味とても羨ましいです。
原作者のリチャード・ルウェリンさんは苦労の末の出版と映画化だったのですね。お話が聞けて感動です!
またよろしくお願い致します🙇
Moiさん、コメントありがとうございます。
C・W・ニコルさんのお話、キリスト教や武士道からのプロテスタンティズムの考察の素晴らしいレビューを興味深く拝読させていただきました。この映画の背景は、リチャード・ルウェリンの原作から19世紀末のウエールズの社会事情を丁寧に記録したリアリズムがあって、物語が語られるノスタルジーに真実味がありますね。主人公ヒューが兄弟の中で初めて小学校に越境入学するエピソードだけでも、50年前に観た高校生の私にはとても心に響くものがありました。昭和30年代の田舎の山間にある小さな町のわが故郷にはまだ幼稚園が無く、7人兄弟の末っ子の私を初めて隣町の幼稚園にバス通学させるか父親が検討したことがありました。結局小さい子供を一人で行かせるのは危険と断念しましたが、少年と飛行機のデザインが入ったバッグだけが残りました。4歳の時の記憶です。また劇中では、上の兄弟たちがアメリカ、カナダ、オーストラリアに移住して散らばって、ヒューが地球儀で母親に説明するエピソードがありますね。それを見守る星のようなおかあさんと、ヒューが慰めるシーンが泣かせます。ジョン・フォード監督はアイルランド移民のアメリカ2世でしたが、日本で言う家父長制の時代の末っ子でした。監督自身が原作に共鳴するのが分かります。名優ドナルド・クリスプが演じた父親が監督自身が抱く理想の父親像になるのではと思いました。
18歳の時上京して、色んな書店を回りルウェリンの翻訳本を探して、漸く見つけた時は本当に嬉しく、今も大事に書棚に置いています。1975年の中村能三訳、三笠書房のものです。ルウェリン自身も映画のエキストラから脚本家や監督もした経験があり、その後劇作家に転身して失業中にしたためたこの小説が1939年に漸く刊行されたとあります。苦労人の労作で、多分映画化されることを夢見て創作したと思われます。ワイラー監督でも名作になったでしょうが、フォード監督が最適任者であるのは作品が証明していますね。
多くの共感ありがとうございます。いつかMoiさんのレビューでまたお話が出来ることを楽しみにしています。(モーリン・オハラとヘンリー・フォンダ夫婦とクリスプの父の「スペンサーの山」も大好きです)