「崩れゆくアメリカ社会の価値観と西部劇神話の建前」ワーロック(1959) TRINITY:The Righthanded Devilさんの映画レビュー(感想・評価)
崩れゆくアメリカ社会の価値観と西部劇神話の建前
1950年代末に製作された修正主義的西部劇の傑作。
銀鉱山の開発で潤うはずの西部の町ワーロック(Warlock)。牧場を根城にした無法者たちに食い物にされ、赴任した郡保安官補も彼らに痛めつけられ町から逃げ出す始末。
窮した町民委員会は一部の反対意見を押し切り、名うてのガンマンを私設保安官として招くことを決めたが…。
監督のエドワード・ドミトリクは両親が帝政ロシアの圧政から逃れて北米にやって来たウクライナ系移民の子孫なのに、赤狩りでロシア人と見做されリストアップされた気の毒な人物。
ともに1954年に製作された公害を扱った異色西部劇『折れた槍』や、軍艦の艦長が精神に異常をきたしたケースを描いた『ケイン号の叛乱』など代表作に社会派の問題作が目立つが、本作でも先住民に扮して悪事を働く白人や、収監された悪党をリンチしようと徒党を組む群衆など旧来の保守的な西部劇にはみられない展開を持ち込んでいる。
「アメリカの良心」と呼ばれたヘンリー・フォンダを理想的なヒーロー像とはかけ離れた役柄に据えている点も異例だし、西部劇なのに町を代表する人たちの身なりが整い過ぎているのも、どこか示唆的。
ハリウッドの伝統的西部劇にはいくつか暗黙のルールがあり、撃つ側と撃たれる側を同時にフレームインさせない、撃たれても流血しないなど、残酷な描写は避けるというもの。
本作もそれらのルールを遵守しているとはいえ、ポニーに射殺された理髪師の背後のタンクから水が溢れ出す場面や、逆らったジョニー(リチャード・ウィドマーク)の利き手をマキューンがナイフで突き刺すなど既存の西部劇には見られなかった過激な演出が際立つ。
公民権運動が過熱する50年代末、実社会の既存の価値観が崩壊するなかで西部劇映画も建前やきれいごとが通用しなくなり、定型的な勧善懲悪の枠組も見直されることになるが、本作はその典型。
町の秩序を取り戻すために金で雇ったクレイ(フォンダ)とトム(アンソニー・クイン)は判事の警告を無視し、自分たちのルールに従わない連中は容赦なく射殺するという、マキューン一味とさして変わらぬアウトローまがいの人物。
善悪の境界が曖昧な本作が公開されてちょうど五年後、アジアではトンキン湾事件を契機にアメリカがベトナム戦争に本格介入を始め、ヨーロッパではアンチヒーローを主人公に据えたマカロニ・ウエスタンが誕生し世界を席捲する。
ラストシーンは西部劇のトップスターの世代交代を象徴すべきはずが、ハリウッドの西部劇映画はマカロニ・ウエスタンの侵食で急激に衰退。
本作でクレイが怒りに任せて判事の杖を蹴り飛ばす乱暴なシーンもセルジオ・レオーネ監督の『ウエスタン』(1968)でフォンダ本人によって再現されている。
クレイとトムの同性愛にも似たいびつな友情と悲劇的な訣別、途中から加わるリリーとクレイらの過去の因縁、事情の異なる二組のロマンスに、弟をクレイに殺されながらも法による秩序回復を目指す元悪漢とアウトローに過ぎなかった雇われ保安官との避けられぬ決着――と、十分盛り沢山なプロットなのに、英語版Wikipediaによれば原作小説では鉱山で労働者が起こした暴動(ストライキ)を鎮圧するためにあらたに招いた人種差別主義者の元軍人の登場等々、まだまだ山場があるそうだけど、いいよもうこれで。
当時54歳だったフォンダは恋仲になるジェシー役のドロシー・マイケルズとは33歳差なので設定年齢はもう少し若い可能性があるが、相棒役のクインが白人メイクなのか老けメイクなのか不明過ぎて謎。
傑作なんだけど町の遠景が書き割りなのも残念。
主役級の三人に次いで露出の多いカーリーを演じたデフォレスト・ケリーは『宇宙大作戦』のドクター・マッコイ役が有名だけど、確かに悪役顔してるもんね。
NHK-BSにて視聴。
