「柔らかい殻とは」柔らかい殻 てらちとさんの映画レビュー(感想・評価)
柔らかい殻とは
30年ほど前の映画とは思えないほど、古びて見えない。それどころか、数年以内の映画だと言われても違和感がない。とても映像が美しい、鮮烈だった。
アンドリューワイエスの絵を見ているような美しい景色。
草原(ここでは黄金の麦畑)にポツンと立つ古びた家。
明るい太陽に青い空。これだけでも気分が晴れ晴れするだろうに、ここに住む人々の表情は沈鬱だ。乾ききった絶望感が漂う。この映像にしてこの雰囲気を醸し出せるのも、すごい。音楽のせいだろうか。
どの村人も心に思う過去がこびりついているのか、それともこの地を抜け出せない事を苦々しく思っているのだろうか。
ここでは吸血鬼、または変わり者と思われている後家になった中年女性。
しかし過去にとらわれてしまっているが、儚げな美しい女性だ。室内の誂えもセンスが良くて女性らしい丁寧な生活ぶりがにじみ出ている。
少年は、大して親に熱心な教育も受けず、過保護も受けず、時に虐待も受ける。それにも負けず、悪ガキだ。
しかし、彼も悪ガキというには美しすぎる。ほれぼれと、その瞳、艶やかな黒髪、つんとした鼻筋に見とれてしまう。
少年は無知で倫理観はない。全能感をまとって、歪んだ世界観で周囲をとらえている。物心、というやつが付いてない、という状態だろうか。
でも自分の幼いころもここまでではなくとも、自分の独自の世界観があった。
この少年は、写真で一瞬見ただけの、はるか異国の日本という国の赤ん坊には、同情や哀れみをおぼえるのに、目の前の不幸な女性には、全く残酷なんだ。
自分のせいで本当に世界を歪めてしまった、兄を悲しませてしまった、と思い知る事になって初めて、罪の意識をおぼえる。これが柔らかい殻で覆われた少年時代の終わりだったのだろうか。
あらためて、無知、無教育、という事の罪深さを考えてしまう、と、同時に
大人が当たり前と思っている道徳観や常識、知識というものに、本当は、飼いならされてしまって、引き換えに、いびつとは言え、とんでもない世界を想像、創造する力というものを失っているのではないか、ともちらっと思ってしまった。