マディソン郡の橋のレビュー・感想・評価
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号泣しました。
初めて観た時は二十代でした。妻子ある男性に好意を持って居たので映画館で号泣した事を覚えてます。単なる不倫を美化した作品だと言う方も居ると思うけど、私は本物の愛だと感じました。感じています。メリルストリープの演技もクリントイーストウッドの演技も素晴らしかったと思います。泣きすぎて映画館を出るのが恥ずかしかった事を思い出します。
どうしようもない女のサガ
どうしてこんなにも複雑な思いの交錯があるのか。
なぜ不満のない環境に不満があるのか。
どうしてこんなにも特定の人物に惹かれてしまうのか。
なぜ人の愛は近くにいると薄れてしまうのか。
どうしようもない女のサガがよく表れている。
メリルストリープもクリントイーストウッドも程よい中年の艶めく雰囲気も◎
誰しも一度は抱く、自分を満たしてくれる誰か、好きになってはいけないのにもかかわらず抑えきれない、自分が求めてしかない人という設定がとても効いている。
「マディソン郡の橋」を観て・・
世界的ベストセラー小説の映画化。クリント・イーストウッドの監督・主演で、お相手はメリル・ストリープ。名作は観る度に目頭が熱くなる。
ここからはネタバレになるかも・・
舞台はアイオワ州マディソン郡の田舎で、時代は60年代か・・夫と子供は子牛の品評会に泊まりで出掛けて留守での出来事。
旅の途中のカメラマンで独身のロバートと、田舎で家庭を大切にする主婦フランチェスカとの出会いと別れの恋愛物語。
もう若くない中年の二人の純粋な恋愛感情と一緒になれない複雑な思いが交錯する。
ラストの夫の運転するピックアップトラックの助手席で、フランチェスカがドアノブに手を掛けるシーンは、何度観ても感じるものがある。
結局、僅か4日間の短い恋愛だったが、二人にとっては一生に一度の大切な想い出となる。
死後、フランチェスカは大切な想い出を子供たちに手紙で伝え、灰をマディソン郡の橋から巻いてもらう。ロバートも遺品と共に自分が撮影した写真集をフランチェスカに送る。
これは単なる不倫のドラマでは無く、一生に一度の想いを描いた名作だと感じる・・
仮題(人間、後悔を残すと死ぬよりつらい思いをする。だからって不倫は駄目よ)
若い時に恋愛していない、恋愛経験値の低い人ほど、年とって何かのはずみで火がつくとヤバイよね。
わずか4日間で永遠って、奥深いどころか、ガキの恋愛だよ。
恋愛経験値が低い人、今の家庭に不満がある人が、こういうのに共感するんだろうな(笑)
嫌な気持ち
不倫、浮気。これらのテーマはやはり受け付けられない。
どんなに人間の心理をついたり、自我の解放を謳ってもだ。
どうも被害者を自分に置き換えてしまう。本作では、夫と子供達。
最終的には、3人とも母の不倫を認めているように見えるが、自分には無理だ…。
カッとなって怒り出す頑固オヤジでないイーストウッドは新鮮だった。
色褪せない作品
これほど切なく、美しいラブストーリーはないと言っていいぐらい素晴らしい作品だと思います。
終盤シーン。夫の元を離れ、魅力に満ち溢れたカメラマンと一緒にかけおちするかどうか寸前で心揺れるメリルストリープの演技は今も心に焼きついています。
熟年、老年に差し掛かった、男女の濃密な、誰にも語ることはできない、秘密の愛。しかし、そんな出逢いができた彼女は幸せだったと思います。
最初に
観たのはまだ若い頃でおじさんおばさんがダンスしたりお風呂まで入っちゃうちょっと気持ち悪いラブストーリーだったが、しばらく後に見返したら、まー泣いた泣いた。メリルストリープがまた上手い演技なんだわ。夫と子供の世話に明け暮れての久しぶりの恋に目覚めて髪を整えたり服を選んだり。普通の生活のちょっとしたドアの開け閉めなどもリアルで妙に共感出来た。けどたった4日間だからこそ永遠の愛になったのだろうという事もわかってしまう。劇中でもあったがもし家族を捨てて彼に付いて行ってしまったら後悔を彼のせいにしてしまうだろう。付いて行かなかったからこそ永遠の愛になれたんじゃないか。恋人が結婚すると家族に変わるって事。最高の短期間だから永遠に想い続けられた。そんな彼に出会えた彼女は幸せな人生だったと思う。手紙を読んでいく子供達の変化やその演出も素晴らしい。旦那さんの亡くなる時も泣けたし。傑作。
大人だからこそわかる恋
家庭を持ち、子を育ててきた人であれば誰でも共感できるのではないだろうか。
大人だからこそ、本当の恋をもう一度と強く願うものなのだ。
だが実際は盲目になって欲望にのみ走ったとしたら、深い物語にはならない。
それがわかったら、ウチに帰ってパートナーを大切にしよう。
わずか四日間で永遠の愛?
総合:65点 ストーリー: 60 キャスト: 80 演出: 80 ビジュアル: 70 音楽: 75
初めて見たとき、わずか四日間で永遠を感じる本物の愛に目覚めるという物語にどうしようもない違和感を感じた。四日間でいったい相手の何がわかるの?出会ってほんの数か月で結婚したから、相手のことがよくわかっていなくてすぐに離婚する人ってたくさんいるじゃないの。人間ってそんな短期間で相手のことを理解して本物の愛にとらわれるものかな。なんでも女の人は共感する愛の物語ということだったが、そんなわけで最初の印象はかなり悪くて、自分は共感出来ず。
それから年月が過ぎて改めて見直してみて、もうちょっと違う部分に気が付く。女は戦争という特殊な環境の下、若きときに言わば行き当たりばったりの勢いでイタリアからアイオワくんだりの田舎町に来てしまった。決して大きな不満があるわけではなかったかもしれないが、彼女は一人でこの外国の田舎の閉塞感に苦しんでいた。そして男は仕事のために世界中を孤独に旅して、自分の心に秘める寂しさや飢えをしっとりと埋めてくれる人が居て欲しいとずっと思っていた。
実は出会うずっと前から長い間、彼らはお互いのような存在を求めていた。そんな二人がようやく出会ったのだ、たとえわずか四日間でも。そのような解釈をすれば、四日間で急に燃え上がった愛ではなく、長年探していたものが見つかって、それを四日間だけ手元に置く機会にめぐまれたのだとも取れる。だからそれを胸に秘めて心の支えにしてその後の生涯を送ることにしたんだろう。
そう考えると、この映画が以前よりも好きになった。二人の演技は良かったし、ゆっくりと進んでいく演出も良かったし、出しゃばり過ぎずにふとしたときに綺麗な旋律を流す音楽も良かった。
それでもやっぱりどうしても思ってしまうのだ、本当にわずか四日間だけで永遠の愛ですかと。だからすごくいい点数はつけません。
これ不倫かな
田舎に住む欲求不満の奥さんが他所の男とちょっとお遊びしちゃったという感じでした。
優しい旦那や子供達との日々に不満はなさそうにみえたけど、奥さんは何か溜まっていたのかもしれない。
この奥さんは専業主婦で毎日旦那や子供の世話に明け暮れているだろうから、幸せそうな顔の裏に何かあったのかも。
それでも、やっぱり欲求不満の奥さんがいけない事を楽しんでいるようにしか見えなくて残念でした。
ただ最後のシーンを観ていると一緒にぽろっと涙してしまったのは何故だろう~でもこの映画はもう観たくない。
何度も出逢いたい作品です
クリント・イーストウッド監督、1995年の作品です。
公開当時、母が絶賛するので鑑賞し、動揺した記憶があります。普通の主婦の不倫のどこに共感したんだろう、でもなんだか聞けなくて。
年を経て少しわかったような気がした、見事な作品だと思いました。
家庭に生きてきた中年女性の心の小さなすき間をさりげなく等身大に描き出し、気付かないようにしていた
気持ちがざわざわとします。
彼女にしたって、気付かないようにしていたのだけれど…。メリル・ストリープの演技が素晴らしい!
そして子供らにゆだねた母の想い。もう少し時が経ってから、もう一度出逢ってみようと思います。
両親に決して見せたくない映画。
2011/08/25 00:35
最初は泣ける素敵な恋愛映画だと思って見ていました。
しかし、初っぱなから純愛とは程遠い怪しい雲行きに・・・
結果不倫を正当化した作品だと思われるが、不覚にも涙してしまいました・・。
今にないモノを求めてしまう気持ちも凄く分かるし、ソコにある確実な幸せから抜け出せない気持ちも・・。
しかしながら、女性とはなんと身勝手で複雑な生き物だ!とも映画を通じ思いました(笑)
女「謝ってよ!」
男「ごめん・・」
女「そんな簡単にすぐ謝るなんてホントは反省してないんでしょ!」
男「そ、そんな…;汗」
みたいなね・・・・共感していただける男性は多いはず・・。
なんともリアリティーが高い映画で、また(結婚や恋愛)何か思い悩む時があればこの作品を見てしまうと思う(笑)
どういう選択をするかが、人生よ
映画「マディソン郡の橋」(クリント・イーストウッド監督)から。
切ない大人のラブストーリー、という人がいる。
どうみても、自分たちの不倫を正当化している、という人もいた。
なるほど・・いろいろな見方があるものだと、苦笑した。
ふたりが出会い、そして別れるまで、いくつかの選択があり、
そのたびに、彼と彼女は自分の判断で物語は流れていく。
後半、彼と駆け落ちをして、平凡な生活から逃げだそうとするが、
「やっぱり、正しくないことだわ」と断念、「誰に?」の問いに
「家族みんなに」と答え「街の噂に殺されるわ」という判断が
とても冷静だな、と驚いた。
そして「どういう選択をするかが、人生よ」と呟く。
そう、人生は選択の連続であり、誰のせいでもなく、
すべて自分で選択した結果、という想いが伝わってくる。
さらに「子どもたちが前進できるよう、母親は立ち止まって見守る。
子どもは、やがて巣立っていって、さていよいよ自分の人生を
歩もうとしても、歩き方を忘れてしまっている」というフレーズに、
50代女性の焦りが表現されていた気がする。
見るたびに、気になる一言が違う、面白い作品であった。
恋愛遍歴に依存する永遠の4日間
下手したら(下手しなくても)、不倫を美化しただけの映画と批難されるかもしれませんけれども、私は、クリント・イーストウッド監督の映画が好きで、主演女優がメリル・ストリープってことで、もしかしたら色眼鏡かけて鑑賞してしまってるからかもしれませんが、少なくともメリル・ストリープ演じるフランチェスカは、アイオワ州にあるマディソン郡という片田舎で家族がある身なわけですが、イーストウッド扮する自由気ままな放浪カメラマンのロバートと不倫関係に陥ってしまったことに対して、自分の夫や子供の家族に対して一生罪悪感を背負って生きたわけで、決して不倫を美化しているようには観れませんでした。
この映画は、観る人の過去の恋愛遍歴にかなり依存するんじゃなかろうかと思います。
つまり、共感できるところがなければ、全く持って感動もクソもない映画だと思いますが、少しでも、例えば自分の現在や過去の恋愛遍歴において、リンクするところがあれば、涙なくしては観れないんじゃないかなと。
TSUTAYAの『世界が泣いた映画100選』にも選ばれておりますが、少なくとも私は、この映画と共通する点があって、夜な夜な物凄く泣けてしまいました。
まぁ、私の恋愛遍歴なんぞどぉでもイイんですけれども。
自由気ままな、孤独を背負う放浪カメラマンのロバートは、人妻のフランチェスカを落としてしまうわけでございます。
落すという言い方は正しくありませんね。
結局、お互いが惹かれていった結果ですから。
この映画の設定では、夫も子供もいる女性と、孤独な男性の話ですが、規模を小さくしたら、彼氏・彼女の居る異性と恋愛相談をしているウチに、気がついたら相談したりされたりしてた相手を好きになっていたみたいなことです。(多分。というか少なくとも私はそういった経験があります。どうでもイイけど)
映画の主演2人は、それこそイイ年こいた大人ですけれども、内面は子供なんだと思います。
少なくとも、この2人が出会ってからは、お互い童心に戻れたみたいなところがあるんじゃないかなと思います。
そういうノスタルジーを感じました。
映画『ニュー・シネマ・パラダイス 』でも同じ手法がとられていますが、これは、フランチェスカの子供が、母の残した手紙を読んで、母の過去を振り返るという手法が取られています。
これは近年では、ニック・カサヴェテス監督の『きみに読む物語』でも取られた手法です。
『スタンド・バイ・ミー 』でも、新聞を見て過去を振り返るという手法がとられていて、ノスタルジックな雰囲気を演出するためには、多分ベストな手法なんでしょう。
そして、その母の遺した手紙を読んでいくうちに、子供達は、最初はロバートのことを嫌悪していましたが、次第にそういった感情はなくなり、フランチェスカは、あなた達2人を心から愛していると、いった言葉で、締めくくっています。
子供の頃は、子供の時代が永遠にあると感じたりなんかした時がありましたが、大人になると、色んな責任とかがあったりとかして、願望はあっても中々そういう気持ちになることはできません。
しかし、この2人は、たったの4日間が永遠に感じたと。
永遠の4日間だと言っております。
たかが4日間が、永遠に感じられるほどに、それが間違いであったりして、フランチェスカが家庭を守ってロバートを捨てる結果になっても、その4日間は幸せだったと。
生涯でたった1度の確かな愛であったと、ロバートは言っております。
大人になって、童心に帰れるような希有な人物と出会い、たかが4日間を永遠に心にしまっておけるなんて、なんちゅー素敵な話なんやと思いました。
不倫を美化しただけの映画ととる人も居ると思いますが、これはいたって純粋なラブロマンスだと私は思います。
博愛であれとは言いませんが、愛も一つだけではないのです。
夫婦愛もあれば家族愛もあるし、親子愛もあれば恋愛もあるのです。
またこの映画、情景が非常に美しいです。(特に夕日がお気に入り)
火葬にして、その灰を撒いて、空撮で俯瞰する最後とか、死んで尚、家族を見守るとか、思い出の場所を見ているとかいう意味を感じて、鳥肌ものでした。
流石イーストウッド!
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