プラトーンのレビュー・感想・評価
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時代を超えて突き刺さるオリバー・ストーンのメッセージ
名作は鑑賞するごとに違った輝きを放つもの。それを裏付けるかのように、86年公開の本作を「朝十時の映画祭」で久しぶりに鑑賞した際も、得体の知れない感情に襲われた。
チャーリー・シーンを主演に起用した背景には『地獄の黙示録』のマーティン・シーンを踏襲する意図があったのだろうか。だが、『黙示録』が醸し出すある種の寓話性に比べると、本作は記憶をあぶり出すかのようなリアリティと生々しい傷跡を観客に伝える。血なまぐさく、時には目を背けたくなるほどの描写を交えながら。
戦争終結から40年。人類は過去に学ぶと言われるが、その言葉に反して世界は相変わらず泥沼の歴史を繰り返し、一向に成熟したり、賢くなる気配はない。だからこそ誰もが心の内側に「二人の軍曹」を共存させていることを意識しなければならない。その均衡が崩れた時に人は間違いを繰り返す。オリバー・ストーン監督のメッセージは時代を超えて突き刺さってくる。
アメリカ人向き
舞台はベトナム戦争下の1967年、戦争終結が1975年で映画の公開が1986年。
普遍的なテーマではあるけれど、
自分の記憶にある『9.11』以降の戦争であったり、
日本人としてなじみ深い太平洋戦争を描いたものなど
同様のテーマを扱った作品が多くある中で
当時を知らない自分が2024年にこの作品を評価するのは難しいのかなと思う。
当時のアメリカ人が敗戦のトラウマを克服する過程で必要だった映画であって
単純に、映画として面白かったかと言われると
展開が予測できてしまった点や映像のクオリティ(当時としては高いのだろう)などで佳作に留まるといった印象。
テーマは倫理とは何か エアリスとバーンズが対象的。善悪とは何か 正...
テーマは倫理とは何か
エアリスとバーンズが対象的。善悪とは何か
正義とは何なのか、何と戦っているのか
戦争の虚無感漂う中、道徳性について考えさせられる作品
圧倒的
圧倒的なリアリズム
圧倒的な不毛感
圧倒的な臨場感
圧倒的な映像
一応派閥争い的なストーリーがあるようですが、あまりにも目まぐるしい戦闘シーンのおかげで誰が誰だかわかる人は一万人に一人です。
戦場を実感する点ではライアン二等兵すら凌ぐ圧倒的な迫力です。
但し、映像から想起されるベトナムの病巣は部外者の日本人にはとても理解できるものではありませんので軽々に感想を述べるのは控えます。
戦場の事実を突きつけ、観るものを圧倒する。
本作は戦争映画の姿を借りた反戦(厭戦)映画だ。
戦場で起きた事実を突きつけられ、観るものを圧倒する名作だ。
主な登場人物は3人。
クリス・テイラー(チャーリー・シーン)
ボブ・バーンズ2等軍曹(トム・ベレンジャー)
ゴードン・エリアス3等軍曹(ウィレム・デフォー)
本作で1986年アカデミー監督賞を獲得した監督のオリバー・ストーンは、
”LRRP(長距離偵察部隊Long Range Reconnaisance Patrol)”
と通称される特殊偵察部隊の一員としてベトナム戦争に従軍した。
のちにレンジャー連隊に組み込まれることになる選りすぐりの部隊だ。
ベトナム帰還後は麻薬に溺れ、複数の逮捕歴もある。
オリバー・ストーン監督自身が、戦争の加害者であり被害者だ。
オリバー・ストーンが映画に残した数々の功績を見ると、
「よくぞ映画人として再生してくれた!」
と心から賞賛したい。
ベトナム戦争の側面として、
◆アメリカ軍将校や下士官において、味方から襲撃された戦死傷の多さ
◆有色人種兵の酷使と戦死傷率の高さ
◆麻薬の蔓延
◆民間人の大量虐殺やレイプ、略奪行為
◆ナパーム弾・枯葉剤など非人道的な武器の使用
アメリカの評価は国内外で地に堕ちてしまい、
反米容共の機運だけが高まった。
アメリカにとって、本当に「無慈悲、無意味、無価値」な戦いだった。
本作で、オリバー・ストーンは、
アメリカ軍のある新兵から見た二人の下士官という視点で、
戦場の日常や戦闘を描くことのみに徹した。
そして、戦争の「無慈悲、無意味、無価値」を表現しきった。
オリバー・ストーンの
戦争に対する怨念、恐怖、諦観
人間に対する軽蔑、憐れみ、同情
が画面から汲み取れる。
若かりし私は、本作が劇場公開されたあと、
オールナイトで続けて見たことを思い出す。
その頃は、単に迫真の戦争映画として見て、そして大興奮できていたのだから我ながらおめでたい(笑)。
※まったく余談だが、
オリバー・ストーンと同じ部隊にいた、
というアメリカ人と食事したことがある。
彼もビジネスの世界に復帰するまで、布教活動に没頭していたという。
戦争がのこす心の傷は、想像できないほどだ。
兵士達の荒んだ心
雨が降る中、体にまとわりつく虫を払いながら、ベトナムの密林を米兵達が進軍していく。蒸し暑さや汗で体がベトベトする不快感が映像から伝わってくる。命がけの銃撃戦もだが、彼らの感じる不快感からも戦争の過酷さが感じ取れた。冷戦に関する本で頻出するのがベトナム戦争だが、本ではあまり触れられない現場の様子を、リアルに描写している点で貴重な映画だと思う。
ベトナム戦争で戦う米兵達の多くは貧困家庭出身だとテイラーが言う。米軍のベトナムの農村における蛮行は、教育の不十分さや生活の余裕の無さ、そして従軍のストレスから来る彼らの荒んだ心を表していたように思う。テイラーは彼らとは異なり恵まれた環境で育ったようだ。しかし農村で頭に血がのぼり、障害者の農民に向けて銃を撃つ姿は、彼もまた従軍する中で余裕を無くし自分のことで精一杯になっているのだと感じた。
この農村で米兵達は農民に対する暴力、殺人、レイプを行う。彼らの蛮行を見ていると、一体何のために戦っているのかと思わされる光景だった。
虚しさ 静かな怒り
戦争だけでなく、人間・政治・社会、
そして運に翻弄される人生(オニール軍曹の運命と、キングの運命)。
すべてを描き切っている。
実体験を素にしていると、あれこれ詰め込みたくなるのに、脚本・演出・編集がうまい。
音楽はクラッシックがメイン。レクイエムの代わりか。
『弦楽のためのアダージョ』は、ベトナム戦争にU.S.A軍事介入を推し進めたケネディ大統領の葬儀の時にも使われたそうな。あえての皮肉か。
「国のために」と、身を捧げ、戦地に送り込まれた青年たち。
待ち受けていた実態。
「国のために」というが、どう国のためになるんだか。
元々、ベトナム国内の内戦だったのが、資本主義(U.S.Aや韓国・オーストラリア)と社会主義(ソ連・当時や中国)の代理戦争となったと聞いているのだが。
この映画を観る限り、己のイデオロギーを押し付けるため、U.S.Aが、一方的にベトナムに侵略しているようにしか見えない。
この映画のU.S.Aが、今のロシアに、そしてこの映画のベトナムが今のウクライナに見える。今のウクライナは、対ロシア勢力をもろくむ、欧米諸国(&日本)の代理で戦っているように見えるからなおさら…。
しかも、前線に立っている兵士たちは。生活のためとか、己たちが生まれてしまった境遇を仕方なく受け入れ駆り出されてきただけ。クリスのような志願してきたものもいるが、詐欺のようなプロパガンダに、”英雄”気取りで、操られていただけのように見える。映画の中で「政治、政治」という言葉が何回か虚しく飛び交う。監督の思い。
そして、教育・訓練されてきたはずの、頼りになるはずの軍人(中尉達)の情けなさ。軍の中の人間としての社会よりも、勝つための(生き残るためでもあるが)命令を優先する軍人(大尉達)。
そんな中で起こる数々の出来事。
エリアスの笑顔が脳から離れない。
その直後にゆがむ表情…。なんてこった。
冒頭、デフォー氏のクレジットが先なのに、シーン氏が主役?と思ったけれど、
こういうことだったのね。
しなやかな動きのエリアス。班のメンバーのことを思い、茶目っ気も見せる。そして、的確な状況分析から、常に危険な任務に先頭きって挑む。森を駆けるときの緊張にはらんだ眼差し。全身が目になっているような。豹を思わせる。
監督は、このエリアスを思いっきり魅力的に描く。
熊のようなバーンズ。決して動じない。バーンズ2等軍曹、エリアス3等軍曹とバーンズの方が上だが、役目としてはどちらも分隊長。だが、バーンズは一等軍曹のように、小隊長である中尉の補佐役としてふるまう。否、補佐でなく小隊長そのものか。尤も、あんな中尉だったら、「自分が指揮をとるわい」という気持ちは痛いほどよくわかる。命がかかっているんだもの。
悪の権化のように描かれるバーンズだが、「命がかかっている場ではありかも」というレビューも散見される。そう、嫌な面ばかりではない。そんな彼が…。
「自分自身との戦いだったんだ…」
ベトナム帰還兵は、こうでも思わないとやってられないだろうというのが、この映画を観るとよくわかる。
第1次世界大戦でも、第2次世界大戦でも、PTSDの症状を示す帰還兵はいたけれど、ベトナム戦争後に、その概念が世間に一気に広まった。
よく、第1次世界大戦・第二次世界大戦と、ベトナム戦争の違いを説明されるけれど、ああ、こんな戦いだったらわかる気がする。
兵士と民間人の違いが判らない。誰が敵か、誰に殺されるか、いつ、どこから襲われるのか。募る疑心暗鬼。言葉が通じぬ点も疑心暗鬼を煽る。
恐怖心から、最大の防衛は攻撃とばかりに、エキセントリックに行われる狂気。
仲間を殺されたことで、一気に噴出する怒り。復讐せずにおれるものかとばかりに。
”自分”が”自分”でありたいと鼓舞する果ての狂気。
さらに狂気に拍車をかける”軍法会議”。
そんな、心情の高まりがとても丁寧に綴られる。
応戦の激しさ。闇の中からの攻撃。敵もだか、味方からも。アクションシーンとしても見事だが、何より実体験に裏打ちされた場面。見ているだけなのに、追いつめられていく。
彼らは、何と、誰と、何のために、戦っているんだ…。
ただ、ただ、生きて故郷に帰るため。なりふり構わず。見て見ぬ振りも時には有効。
正直、テイラー目線で見ると、決着のつけ方はもうひとひねり欲しい。いいんかい、それで。バーンズと一緒やん。
でも、バーンズ目線で見ると、唸ってしまう。あの決着しかないであろう。バーンズの人生を、遠い目で憐れみたくなる。彼も、この戦争に従軍していなければ、どんなお父さんになっていたのだろうかと。頼りがいのある一家の長、否、その地域の長として幸せを謳歌していたのだろうなと。
エンドクレジットで、隊のメンバーが各登場人物が一人一人アップで映し出される。
監督が戦場で出会った人々をモデルにしたのだろう。
その、モデルとなった人々への敬意と愛着を示しているようで、泣きたくなった。
≪蛇足≫
U.S.A軍が撤退し、北ベトナムによる共産主義政権が樹立。言論統制等に反発したベトナム人たちが、ボートピープルとして、海外に流出。日本にもたくさんの方がいらした。U.S.Aもたくさんの方々を受け入れた。その中のお一人が、2023年アカデミーで助演男優賞受賞。スピーチで「アメリカンドリーム」と言った時、とても複雑だった。
本当に、この戦争は何だったのだろうか。
戦争は悪
チャーリーシーン扮するクリステイラーは、ベトナムに新兵として従軍した。しかしアリにたかられたりして参っていた。村人が騒ぎ立てるから村を焼き、殺してしまう。内輪もめもあり敵より味方と戦っている様な神経戦になる。戦争の悲惨さを表した展開だが、戦争は悪でしか無い。
最初に映画館で見た時の衝撃!
戦争は人を人でなくすものですね。実際にその場になったらと想像することさえ難しい。
今、この瞬間にも戦争が行われている現実を思うと胸が痛みます。
人間の心の中にはエリアスもクリスもバーンズも住んでいるのだろうなと思います。
ただただ戦場
戦場にあるのは死と血と狂気。
そして自分との戦い。
生と死の間にある戦場で人間らしくあるためにはあまりにも過酷な状況です。
戦争は、世界のどこの国も同じですべて愚かであるなと。
ウクライナとロシアの戦況が強まっている今、いろんな思いが込み上げてくる。
戦場を知る監督が制作した本作品にリスペストですがオスカー作品としては当方は疑問です。
この映画を名作だという目線は主に男性が多いのではないかと思いました。
今、戦争というものの本質を見る
ベトナム戦争は小さい時の話だった。外国で起こっていて、あまりピンと来なかった。軽い気持ちで若い頃、レンタルビデオを見た。もう、大分時間が経っているので、細かい所は忘れているが、戦争という極限状態の中で戦う兵士達。肉体・精神も病んでいく長期戦。そのリアリティに圧倒された思い出がある。
そして、現在・・・ロシアのウクライナ侵攻に伴って、増える死者、一般市民への残虐行為、徹底した破壊・・・勝っても負けても、それが何の意味も持たない。また、新たな火種となって愚かな行為を繰り返す。「戦争」それは人間の、最も愚かで、恥ずべき蛮行である。
ベトナム戦争を兵士の目線で追っているため、兵士たちの日常や心情に赴...
ベトナム戦争を兵士の目線で追っているため、兵士たちの日常や心情に赴きがおかれている。
何のためなのか、誰が味方さえもわからなくなってしまう人間の狂気。
監督自身もベトナムの帰還兵であるということだから説得性はすごい。
戦争で人は狂気に堕ちる
実際の帰還兵である監督自身の実体験を基に、ベトナム戦争の事実を伝えるアカデミー作品賞受賞の戦争ドラマ。
「戦争」という愚かな行為を世に伝える為の名作。
今の映画界を担う若かりし頃の名優たちが共演しています。
戦場という極限の状況下では、何が正しいのか判らなくなっていく模様が描かれています。
正義が次々と死んでいき、悪が勝ち上がり弱者を罵る。
決して繰り返してはならない歴史がそこにはあります。
【”大義なきベトナム戦争で戦ったのは、貧しき白人と有色人種だけだった。何のために、誰と戦っているのかも分からないまま。”従軍したオリヴァー・ストーンが、激しい怒りと共に母国に叩きつけた作品。】
<Caution 内容に触れています。>
1.最初にこの映画を観たのは、高校生だった頃だろうか。
ビデオで鑑賞した。
印象は、それまでのヒロイックなベトナム戦争映画とは違うトーンであるな、という事であった。
勿論、「プラトーン」と言えば、”あのシーン”という、味方であるはずのバーンズ(トム・ベレンジャー)に森の中遭遇し、”正面から撃たれた”エリアス(ウィレム・デフォー)が、ベトコンの攻勢により、クリス(チャーリー・シーン)達が、ヘリで撤退する中、森の中から血だらけで走って来ながら、背後からべトコンの銃弾を浴び、天に祈りを捧げるように、両手を上げて背面から崩れ落ちるシーンは、強烈に覚えている。
ー 戦争の敵とは、状況によっては味方も十分に敵になりうるのだ、という思いと共に・・。ー
2.2回目に鑑賞したのは、「午前十時の映画祭」である。
何年かは覚えていないが、大スクリーンで観る圧倒的な迫力と、哀しきトーンの控えめな音楽が印象的であった。
そして、今作の主人公であるクリスが、今作の脚本・監督を務めたオリヴァー・ストーン自身がモデルであった事も知った。
それまで、下積みを重ねて来たオリヴァー・ストーンの渾身の脚本である事も、知った。
そして、この大義なき戦いを始めたアメリカ合衆国にオリヴァー・ストーンが、激しい怒りとともに叩きつけた作品であることを知った。
3.昨晩、久方ぶりに鑑賞した。
気づいたのは、戦争による死傷には、自国軍による誤爆も、多数合ったのだなあ、という事である。
そして、右も左も分からない、新兵たちが、あっと言う間に死体収容袋に入れられていくシーン。
2回目鑑賞時の様な衝撃は軽減したが、矢張り、今作は傑作である事を確認した。
そして、エリアスが”祈りを捧げるシーン”は、矢張り圧倒的な反戦シーンであった。
<ラスト、クリスがモノローグで語る言葉は、現代に生きる我々に対する、重い、重い箴言である。
不惑の歳になり、この作品が世に出た当時に、絶賛された理由が良く分かった作品である。
傑作は、再鑑賞に十二分に耐えうるという事も確認した作品でもある。>
□追記
昨晩、私よりも遥かに映画に精通しているレビュアーの方から哀しきトーンの控えめな音楽は”この映画に使われた弦楽のためのアダージョは、アメリカのクラシックの作曲家バーバーが作曲です”と言う有難いコメントを頂いた。
この場を借りて、感謝を申し上げます。
この映画サイトは、一時期酷い誹謗中傷に満ちたコメントに溢れていましたが、元の健全な映画情報を教えて頂く場に戻ってきた事をとても、嬉しく思います。
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