ファンタスティック・プラネットのレビュー・感想・評価
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う、む、む、む、む。
う、む、む、む、む。いや、すごい。
観終わって、「なんだ、これ?」以外の感想が、一言も出てこない。
なぜ、これが、「アニメーション作品として史上初めてカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した作品」なのか? 俺は、何か大切なことを見落としているのか?
いや、やはりわからない。なにせ、半分は寝ていたのだから。
この変な生き物たちを描きたい!という情熱だけは、微かに伝わってきた。それさえ描ければよかったのだけれど、それでは作品にならないから、ちょっとシュールなストーリーをやっつけで作ってみたというところだろうか? そしたらそれがカンヌの偉い人にハマっちゃった、とか?
俺が、これの素晴らしさを理解するには、あと何回生まれ変わる必要があるのだろうか…
完敗。
好きですわ、これ。
人類の横暴さを皮肉ってるのかも
どこかの星に、青い肌に赤い目をした巨人と、彼らから虫けらのように扱われてる人類が住んでいた。ある日、巨人の知事の娘ティバは、巨人の子どもたちにいじめられ母を亡くした人間の赤ん坊を拾う。ティバは赤ん坊をテールと名付け、ペットとして飼うことになり・・・という話。
人間が他の動物にしている事を逆にしてみたらどう感じるかを見せ、考えさせられた。
動物に舌で一気に食べられたり、アリのように踏み潰されたりする人間達のシーンなど、普通に私たちが他の動物にしてる事だなぁ、て思った。
しかし、巨人にも弱点があり、知恵を付けた人間と共栄を図るストーリーも良かった。
約50年も前に作られたアニメとは思えない新鮮さと深いテーマを感じた
よく、こんなモンを作ろうと思ったよ。
いや、ホントに作っちゃった「好きもの加減」は称賛に値します。とにかく、これまでの何物とも違う世界観、へのチャレンジであるのでしょうから。
1973年公開のSFアニメ。'73で調べてみたら、猿の惑星の最終章「最後の猿の惑星」、「ジャッカルの日」「燃えよドラゴン」「スティング」「007死ぬのは奴らだ」なども公開されています。何か、名作多すぎひん?
ベトナム戦争が終結し撤兵も完了。安堵感、脱力感、無力感、虚無感などなどが世界中で交錯している頃。ミュンヘン五輪のテロは前年の1972年。
ストリーそのものには、ベトナム戦争を嘲笑する様な、それっぽさもあるよな無いよな。フランスとチェコの合作。チェコと言えば1963年にイカリエ-XB1なる伝説的実写SFを製作している先進国。現代絵画的な世界観。明らかにプログレッシブ・ロックな音楽を提供したアラン・ゴラゲールは、ジャズ・ピアニスト。
「シュール」と言う表現が、最も適切であろう宇宙観・メカニズムデザイン・キャラクターデザインは中毒性あり。SWとか影響を受けてそう。劇場売店でT-シャツ売ってたんで買おうかと思ったら、¥5,000-だって?
それは高いぞ。さすがに。
商売っ気あり過ぎで、そこには萎えるってw
自分が害虫になった気分を味わいたいなら、最適な一作。
『JUNK HEAD』と合わせ技で観たら、しばらく悪夢のネタには事欠かないかも、と思わせてくれる作品。作家の狂気にも近い執念と情熱、そして美しくも怪奇な作品世界を現出させたという点でよく似た二作品が、こうして日を置かずして公開されるとは、なかなかな巡り合わせです。
本作は1973年制作の作品ですが、オリジナルネガをデジタル修正した恩恵か、色彩は非常に鮮明で、わずかにピントがずれる箇所を除いては、映像からはほとんど古さを感じません。それだけに、一枚一枚手描きというローラン・トポールの絵の美しさ、奇怪さをダイレクト味わうことになります。
とりわけ印象的なドラーグ族の赤くて丸い目でじっと見つめられると、もう見つめないで!と思うけど、意識がどこかに飛んでいって白目になられても、やっぱりこわい!惑星のあちこちにいる生物も、ボッシュの宗教絵画のような不気味さはあっても、じっとしてたらどこかかわいらしさがあるのに、動き出した途端に圧倒的にグロテスクさが勝ってしまう。コミカルさと緻密な描き込みの悪魔的なバランスが生み出す不自然な感覚を、楽しいかどうかは別にして、結末まで思う存分味わえます。
ドラーグ族に囚われた少年を主人公にした物語の枠組みは、意外にすっきりと分かりやすく、仮に字幕がなかったとしてもそれほど内容理解は難しくなさそうです。だから遠慮なく、ルネ・ラルー監督とローラン・トポールの世界に浸ることができます!
ラルー監督は前作『かたつむり』(1965)でも巨大カタツムリに人間を襲わせてるけど、人間を踏み潰したいという願望でもあったのかな…。
La terre(ラ・テール)=地球
イラストのインパクトだけが強く残っていて内容は全く知らなかった作品...
比類なき奇想
スクリーンに映像が流れ始めて最初の感想が「めっちゃヌルヌル動く!」だった。これにプログレっぽいBGMが乗ることで、「なにか違う、見たことのない映像だ」という期待感が加速していく。
画面に青い巨人ドラーグ族の奇怪な生態や異様な風景、奇妙な生物が映し出される度に、期待が確信に変わっていく。シュールではあるが、確固たる世界観に裏打ちされた奇妙さを持っている。それは例えば、方向性は違えど、杉浦茂やタイガー立石などの美術に通じる、天性の「へんてこりん」さだ。
物語はドラーグ族によるオム族支配から、オム族が知性を得て独立を目指し対立し、旅立つところまで描かれる。実はこれが天地創造神話であることが最後に明かされる。ただし物語部分も重要ではあるのだが、やはり肝要なのはディテール部分である。挿話として描かれる奇妙な生物たちはもとより、ドラーグ族の瞑想の描写など、ぶっ飛んでいて大変に面白い。これが現代のスクリーンで見られるという至福。
古さが皆無。
人間のありかたを伝えようとしているアニメ・映画
まるで絵画のようなビジュアルに何とも形容しがたい動植物がはびこる惑星が舞台のアニメ映画
親を巨人”オム族”に殺された人間の子供”テール”の成長物語としてみることもできるけれど、最後は巨人たちと和解して終わる。
巨人が「争いは利益をうまない」という場面があったけれど、もしかしたら当時の冷戦真っただ中の情勢を皮肉したのでないかと考えさせられた。
メッセージ性、ビジュアルも良かったけれど欲を言えばもう少し人間と巨人の争う場面を長くして、巨人側にも「争いは何も生まない」って思想を芽生えさせる描写があったらもっと素晴らしい作品になったのでないかと思う。
オム族とドラーグ族
ファンタスティックプラネット
日:20/12/28
方法:アマゾンプライム
ストーリー:ドラーク族が支配する星イガムでのストーリー。人間も住んでいる。ドラーク族は非常に大きく青い体を持ち、1日の多くを瞑想して過ごす。人間は(私達の生活でいう)昆虫みたいなもので、ドラーク族の子供達の間では人間をペットで飼うのが流行り。
主人公の人間テールはドラーク族のティバに飼われる。ティバは愛情を持って育ててくれる。ドラーク族が学習で使う金色のやつ(名前忘れた)をティバと一緒に聞きながら育ったテールはそれを持ち出し脱走する。外で隠れながら暮らす人間の元へ逃げたテールはそこの人間達と金色のやつを使い学習し知識を入れていく。
人間の賢さと繁殖力を恐れたドラーク族は、人間を駆除しようとするがテール御一行は間一髪逃げ出し、ドラーク族がロケット開発していた土地に逃げる。金色のやつで知識を蓄えながらその土地で人間用のロケットを開発。乗り込んだロケットで着いた星にはドラーク族の瞑想の先があった(ドラーク族は瞑想することで別の星にある体(箱)に自分達の魂みたいなんを送り込み、種の繁栄をしているということだった?映像ではダンスしてた)。この体をロケットに武装したレーザーで壊した。するとドラーク族は瞑想の魂の行き場がなくなり、イガムでのドラーク族本体は次々と死んでいく。
ドラーク族の多くは早急に人間を殺さなければ!と言うが、知事(ティバの父)は話し合いによる和解を決断。
最終的に与えられた人工惑星に多くの人間が移住する。人工惑星の名前は主人公であり英雄の"テール"の名をつけた。(テールはフランス語で地球)
感想:宗教的で壮大だけどさくっと見れる映画。絵は見る年齢によってはトラウマになる。人間の為の人工惑星だから、今の人間はドラーク族みたいな立場なんだろうな。地球を勝ち取った大先祖に感謝致します。
くせになる不気味ワールド
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