「戦争で引き裂かれた女性の愛の軌跡を追ったメロドラマを支える、女優ソフィア・ローレンの名演」ひまわり(1970) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争で引き裂かれた女性の愛の軌跡を追ったメロドラマを支える、女優ソフィア・ローレンの名演
巨匠ヴィットリオ・デ・シーカは、喜劇と悲劇の両面に俊才を表した監督であった。この後期の代表作「ひまわり」はその両方を併せ持った演出を施し、それが後半の悲劇をより一層感慨深いものにしている。またデ・シーカ監督の一代傑作「自転車泥棒」では、終戦直後の日常生活のほんの些細な出来事から起こる家族の不幸な事件を描いたが、この「ひまわり」の悲劇の主因は遥かに規模が大きく、第二次世界大戦という戦争そのものに取り組んでいる。結婚したばかりのまだ仲睦まじい男女を引き離し、そして更に哀しみのどん底に叩き落す戦争。敵味方死闘を繰り返す戦場以外の(戦場)、または戦後の(戦場)を一組の夫婦の姿を借りて表現している。
そこに導くものが、ソフィア・ローレン演じるジョバンナが持っている愛を貫く強い意志だ。夫の生存を信じる愛の終着点を確認するために、イタリアから遥々ソ連へ行方不明の夫アントニオ探しの長い旅が始まる。広大な大地を覆うように咲くひまわり畑と、夥しい数の墓碑が整然と並ぶ墓地のコントラスト。ついにロシアの大地に来たと見せる、この映像の証言は圧倒的である。そこに一人ジョバンナの姿が映し出されて、この数え切れないひまわりの中のたった一本の花を探しに来たのかと思うと、彼女の愛の執念に改めて感心しないではいられない。
そして、物語は急展開を見せる。その深刻さは、体験することのない人にとっても無理にでも分かって上げたいという同情の涙で答えるしかないものだろう。夫アントニオが生きている歓喜に震えるのも一刹那に、不吉な予感で呆然自失となってしまうジョバンナの心の置き所はあったのだろうか。あらゆる感情によって体力の限界を維持し漸くマーシャの部屋に踏み入る彼女の眼に映るものは、慎ましくも幸せな家庭の光景だった。そして、ついに再会するシーン、列車から降りて妻マーシャに気付き寄り添うアントニオの姿を見たジョバンナの心境はどのようなものか。虚しさ、口惜しさ、憐みなど、様々な感情によって列車に飛び乗るジョバンナ。ここにデ・シーカ監督が最も特徴とする、理屈からの理解で人間を表現するのではなく、感情そのものを表現した映像美で観客を映画の世界に吸い込んでしまう天才的な演出技巧がある。それは同時に、ソフィア・ローレンという優れた女優の豊かな感情表現の演技力があって成立した見事さであり、デ・シーカ監督作「ふたりの女」から10年のキャリアを共にした信頼関係が生む名場面と言える。
後半の話は、劇的な表現を抑えた冷静な大人の世界になる。他の人達の誰も傷つけない幸せな生き方の結論は、二人が別れることだった。もしアントニオに子どもがいなかったら、ジョバンナも独身でいたならと選択は少し変わっていたに違いないが、もっと大切なことは本当に愛する人から離れて偽りの家庭に生きて行くのではないということ。二人の愛が全てだったジョバンナとアントニオは、大人の良識を持った人間に成長変化していた。
しかし、ラストそれでも愛は人間を揺さぶる。ソ連戦線に向かうアントニオを見送ったフォームで、再び別れる二人。永遠の別れになるかも知れないこの悲痛さに、夫探しにソ連まで行った情熱を持ったジョバンナだからこそ、涙を見せるも静かに佇むことが出来る。全ての不幸を戦争の所為と思いつつも、その苦しみに耐えて生きるジョバンナの逞しさも窺える名ラストシーンになっている。
アントニオとジョバンナの出会いから最初の出兵の別れまでの追憶場面は、喜劇タッチで恋人たちのイタリア人気質を楽しく描いて、喜劇「昨日、今日、明日」をモノにしたデ・シーカ監督らしい演出を見せる。後半は、予想もつかない事態に出会うやるせない悲しみを感情豊かに描き、またシリアスな場面の落ち着いた演出にも熟練の味がある。ただ、10年の年月を掛けて準備して構想を練った作品全体の迫力は、ソ連ロケ以外あまり感じない。大作と云うより、より身近に感じる悲劇メロドラマとしての感動が大きい。完成度の点では問題が残るも、デ・シーカ監督とマルチェロ・マストロヤンニ、ローレンの名トリオの名人芸が素晴らしいのは間違いない。その中で一番の魅力を放つのが、ソフィア・ローレンのヒロイン像であり、これはアカデミー賞主演女優賞を受賞した「ふたりの女」の名演に勝るとも劣らない実力を披露したと絶賛したい。このローレンの演技を更に抒情的に表現したヘンリー・マンシーニのテーマ曲がまた素晴らしい。繊細にして哀愁漂うメロディが優しく包み込むようにローレン演じるジョバンナを慰め労り共鳴する。
1976年 4月29日 早稲田松竹
共感ありがとうございます。
ソフィアローレン・・カサンドラクロスとかエアポート75?位しか観た事無いですが、ルックスから持って行ってしまいますね。イタリア、寡婦、良くあるモチーフだと思いますが、それだけイタリア女性がパワフルだからなのかもしれませんね。