劇場公開日 2024年3月22日

「息を呑むほど美しい」ピアノ・レッスン nagiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0息を呑むほど美しい

2018年7月2日
PCから投稿

雷鳴に夫と声を奪われたエイダ。

彼女にとって「ピアノ」とは我々の声のように、自己表現のための、「魂の解放」のための媒体であった。

抑圧された新天地において、レッスンという形で、自由にピアノを弾かせてもらえるジョージに、彼女は感情とともに、欲望をも解放する。

聴覚で、視覚で、嗅覚で、ピアノを弾くエイダに惹かれるジョージ。彼の感性は先住民の中に醸成されているものなのか... 理屈では説明できない美しさ、気品、静謐さ、色気、そして彼女自身の強度に、我々は引きこまれる。

これは、理性がこの世を支配する現代の世俗には中々理解できないものだ。音楽とは只の娯楽に過ぎない、女性も只の功利的な、或いは自分の性欲のはけ口としか考えていないのだろう。ゆえに自分の理解を超越した「嫉妬」は「憎悪」へと変容し「処刑」へと向かうのだ。

エイダは自らの翼を失ったが、それが過去との断絶の決心となる。魂の解放のためのピアノ、それはジョージに対する真の愛を発見させたが、それによって彼女の自由の愛を奪う呪縛となったのだ。

彼女は過去をピアノを棺桶に、音のない深海へと葬り去る...

旋律の美しさ、人間の育む自由な愛の美しさ、自然の美しさ、すべてが1つの作品の中で調和し、観る者の心を震わせる強度をもっている。

最も美しい映画の1つではないだろうか。哀しみの漂うタルコフスキーとはまた違う気品が感じられる。

nagi