パンと植木鉢のレビュー・感想・評価
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パンと植木鉢に込められた願い
「パンと植木鉢」この不思議なタイトルの意味が解るのには、ラストカットまで待たなければならない。
20年前、反体制活動をしていたマフマルバフ監督が、警官をナイフで刺してしまった事件を描く自伝的作品だが、ドキュメンタリー風を装いながら、登場人物の様々な思惑が互いに通じ合わないオフビートなメルヘンになっている。
自分を刺した監督に恨みを持っているはずの元警官が、何故この映画制作に携わろうと思ったのか?この元警官の言動がストーリー展開の鍵を握ることになる。彼はこの映画がきっかけとなり、20年前、あの事件の直前に自分に時間を尋ねた少女の消息が分かるかもしれないと思っているのだ。彼はあの時少女に渡しそこなった植木鉢の花を、この映画の中で今度こそ渡したいと思っている。このように演技(虚構)である映画撮影に、役者本人(役としてではなく)の想いを乗せたり、オフショットであるはずのシーンが突如20年前の回想シーンとして展開する二重構造がとても面白い。
ナイフをパンに隠しつつ殺気立つ監督と、植木鉢を片手に恋に浮かれる警察官の落差、若い頃反体制という大きな志の元、体を張って闘っていた監督世代と、理想論だけを語る現代の若者たちとの落差。様々な野心や欲望を見せる大人たちとは異なり、少年たちの何と素直で純粋なことか。花が凍らないように植木鉢を陽だまりに置くような優しい少年たち。自分が恋をしていた少女が実は監督の仲間だったことにショックを受けた元警官が、自分役の少年に植木鉢を渡すのではなく銃で撃てと命令するも、少年は「人を撃つことは出来ない」と拒む。また、監督役の少年も、人をナイフで刺すなんて人類の救済として間違っていると本番前に号泣してしまう。
こうして迎えるラストシーン(監督が警官を刺すクライマックスシーン)、セピアがかった早朝の回廊でチャドル越しに言葉をかける少女の美しさはまるで童話の1ページのよう。少年たちの意識が1つに交わる時、差し出されるのは「ナイフと銃」ではなく「パンと植木鉢」。このポエジーなラストカットが示す「ラブ&ピース」が、いつか本当に人類の救済に役立ちますように・・・。
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