π パイのレビュー・感想・評価
全19件を表示
しょんぼり、ぐったり
昨年、『ザ・ホエール』で多くの人々の心を揺るがした(僕も大好き)ダーレン・アロノフスキーの長編デビュー作がスクリーンでリバイバル上映です。
世界・社会の全てを数字で表し数学で理解しようとする男の物語です。様々な定理や公式が飛び交う頭の中は興味を惹くし、繰り出される映像は非常に先鋭的で、20代の才能ある監督の作品としては理解でき、この尖がり具合が好きな人が居るだろう事は想像できます。でも、虚実ごちゃ混ぜの物語がぶっ飛び過ぎていて、僕は全く付いて行けませんでした。しょんぼり、ぐったり。
追い求めた先には
数字に取り憑かれた男が周りに巻き込まれながら隠された謎を追い求めていく…。
ここまで取り憑かれてしまうと本来見えるものが見えなくなり、見えないものが見えてきてしまう。
頭痛で苦しむシーンと幻覚シーンは音と相まって惹きつけられました。
最後は少し解放された様子で微笑む姿が印象的。
好きもの
何を観せられてるのかわからないものに魅せられるタイプの方々にはド嵌まりな一本でございましたな。「ブラック・スワン」「レスラー」が好きだったし、マッシブ・アタックやオービタルが楽曲提供と聞いたら突撃せずにはおれませんでしたし、最高の「なに観せられてるのか」感でした。主人公には一切共感できませんでしたけどもね笑 彼の師匠(元教授?)が僕の好物でした。
これがデビュー作ってどんな頭してんだよー‼️
ヘンテコ映画にまた出逢ってしまった💜
以前はヘンテコ=理解できないから嫌〜って感じだったのが、今ではヘンテコ万歳に🙌
アタオカ主人公に陽キャなレニー。
でもカバラ主義者がみんな陽ってなわけでもなく、みんな揃うと闇深そう……。その闇が2周3周回って変なツボに刺さってしまい、人生で初めての映画館でこみ上げる笑いを堪える事態に🤣(周りの方々、ご迷惑をお掛けしてたらすみませんでしたー💦💦💦)
理解??
そんなもん出来るかーっ‼️
でも楽しめた😂楽しんだもん勝ち✌️
想像してたより分かりやすく面白かった♪
知っている方いると思いますが、世紀末の1999年ごろ渋谷の路上に“π”の文字が200ぐらい大量にペイントされる事件?があり、少し騒動に…
実は、それ、この映画に絡んで起きた事だったらしいのです。
それが、ずーっと心に残っていて、前から観ようと思いつつも観れてなかった作品、やっと観れた(笑)
なかなか手が伸びなかったのは、難しくて眠くなりそうなイメージかつ、あまり面白くなさそうに思えたから(笑)
実際に観てみたら、デジタルサウンドのクールなオープニングから、すぐに引き込まれ、ソワソワする独特な不穏な雰囲気に魅了されました。
なんか、すごく『鉄男』っぽいな…と、全体的な雰囲気や差し込まれるカットなどなど、明らかに寄せてるよな…と、既視感を感じながら観てたけど、
終わってから調べたら、やっぱり『鉄男』を意識しての事らしい(笑)
この監督って『パーフェクトブルー』も好きなんですよね。
“日本人”ってワードも出てくるし、チャイナタウンが舞台で、太極拳を行う人々など、アジア人が印象的。
僕が1番好きなのは、のぞき穴からアパートの廊下を確認するシーンで、数回だけどインパクト大。
カルト映画だけど、観てない方はオススメです。
75点ぐらい。
理屈人間
夜勤明けで鑑賞したせいか、映画の演出が特殊なせいか、多分始まる前におにぎりを食べたせいで←ソレダヨ!、終始睡魔との戦いに⤵️
別に寝落ちしてもいいのだが、イビキを掻いたら他の人に迷惑なので必死に抗う!ウォー❗
映画の主人公も必死に何かと戦っている!ガンバレ~
どうやら数学の天才の主人公は、世の中の道理を数式で証明したいらしい
いかにも男が考えそうなことだ(男って何でも理屈で納得しようとする◯◯ダカラ…)
私Sも昔似たようなことがあり、十年以上前、競馬が絶好調な年があり、これもっとレースを細かく分析すれば、スゴイことになるかも⤴️(・∀・)ヒョー
それから、週明けに先週の全レースをノートにスクラップして、ひたすら反省、分析、データ収集をやった結果💨
前より全然勝てなくなるという、悲惨な結果が( ゚д゚)オーマイガッ!
それからは地道にシコシコ遊びでやっております🐴
さて映画の主人公は果たして…
乞うご期待!オワリ!
求められる知識が広すぎるが…(補足入れてます)。
今年113本目(合計1,205本目/今月(2024年3月度)31本目)。
(前の作品 「12日の殺人」、次の作品「四月になれば彼女は」)
私、行政書士の資格持ちで日本映画を中心に法律的に気になる描写ほかは突っ込むので、法学部かそれに準じるところを出ているかと思われるかもしれませんが、数学科(同大学院)卒です。
…といったことはさておき。
まぁマニアックな作品を復刻上映したなぁ…という印象です。復刻上映の日は3月14日で、日本ではだいたい慣習として映画館のスケジュールは金曜日始まりの木曜日終わりで組んでいるところが多いですが(ミニシアター中心に土曜日始まりの金曜日終わりもある)、木曜公開のこの映画がそうであるのは、3/14が「円周率の日」であることはまぁわかります。
リマスターといってもモノクロ映画だし、製作当時や映画で示される時代背景(あのパソコンからすると戦後間もないころ?)ほかも現在と一部違うところはありますが、円周率πをめぐって主人公がいろいろ思考を巡らせたり、株価と関係があるんじゃないかとかと考えたりという、なかなか数学科卒というかそうした属性をくすぐるタイプの映画です。
ただ、それと裏腹に、字幕内では「フィボナッチ数列」程度の字幕しか出ませんが、裏側ではカオス理論の先駆けや偏微分方程式論の初歩の理論なども登場し(表立っては出ないが、気が付く人はいる)、なかなかマニアックというかカオスな映画です。かなり理解が難しいのでは…と思います。ほか、ユダヤ人の祖国であるイスラエルのヘブライ文字に関すること(このことは多少関係があるので後述)など無関係なことも出ますが、たいていは数学ネタに落ち着きます。ただ、一部を除いてそれらが数学ネタに落ち着くというのは学部レベルの数学を知っていないとまず無理ではないかといったところです。
日本では本映画がVODで見られるかどうかは不明ですが(探した限りではなかった。ただ、DVDにせよビデオカセットにせよ持っている人はいる?)、いわゆる配信サービスほかで見ることが想定できるのであまりあれこれ書かずさっそく採点入りましょうか。
採点としては明確に以下が気になったところです。
---------------------------------------
(減点0.2/「整数論を専攻している」)
ここでいう「整数論」の「整数」は、普通にいう意味ではなく、数をより抽象化した意味での抽象代数学のひとつ、「数論」のことです(原作の英語版は number theory になっていると思われます。それを翻訳するときに気を付けないとこうなる)。
※ ただし、数論で提示される問題の多くは、「初等整数論」(普通に「整数論」といった場合はこれを指す)で「意味だけは分かる」ケースが大半で、そのきわめて代表的な例が、フェルマーの最終定理(当時)でした。中学3年の三平方の定理からちょっと応用すれば中学数学程度でも理解ができるのに対し、最終的に定理が証明されたときには初等整数論をはるかにこえ、現代代数学、数論ほかの最先端の知識が駆使されています。
---------------------------------------
(減点なし/参考/ラストで公園にいる女の子が 748÷238 の暗算を求めるシーン)
これは、外国では普通にVOD配信が普通なので、このシーンが何を意味するかは、このサイトのような映画の評価サイトでは質問が多く実際に見られますが、これはその値の円周率の値の近似値になるもの( 3.1428…) を示唆しています(正確な値は 3.1415…)。
(減点なし/参考/ヘブライ語のアルファベットと集合のお話)
たとえば、0から9までの1桁の数の集合といえば、10個の要素を持ちます。AからZまでの大文字アルファベットの集合といえば26個の要素を持ちます。つまり、それぞれの集合を考えると、後者のほうが「大きい集合」になります。しかし、「数全体の集合」のように無限集合を考えると、「数えようがない」ので「大きい小さい」を考えることができません。
そこで、上記の「大きい小さい」という概念は、さらに拡張されて「濃度」という概念に拡張されます(学部2年程度)。実数全体の集合の濃度を「アレフ」といいますが、この「アレフ」は映画内でも出るように、ヘブライ語の最初の文字です(英語の「A」に相当)。
そして、0,1,2…と数えられる自然数全体の集合の濃度を「アレフ0」といいますが、その濃度の濃さを考えると、実数集合のほうが「濃い濃度である」ことがわかります(学部2年程度)。このように数学の一部の分野とヘブライ語という「一見何の関連もない分野」は実はかぶりがあり、映画内でちらっと出てくるヘブライ語のアルファベットの話も、最終的にはこの話を裏でこっそりしているわけです。
(※) 自然数全体の集合の濃度を「アレフ0」といいますが(上述)、その濃度よりも「より濃い」濃度である「アレフ」(実数全体の集合の濃度)が、実は「アレフ1」で、「アレフ0とアレフ1の間にある濃度は他にはないのでは?」という考えもあります。これを「連続体仮説」といい、現在の数学の公理系では、「正しいとも正しくないとも証明ができない」(←何らかの新しい仮定を置かないと真偽が確定しない)ことが知られています。
数式
もこの世の現象や見えていないものを表現する手段
でしかなく、数式でしか表現できない。
と思うのは馬鹿である。
その上、数式で全てが表せる。としておきながら
自身が悩ませられている制御に
薬品を用いる馬鹿っぷりは、正直目も当てられない。
と後に、ホエールで訴えたテーマの走りを
本作で表現していた監督の執念のようなものには賞賛を
送りたいが、いよいよ時代は変わるんだ。と
個人的には満足濃度高めで本作を見終えられた◎
ゼロイチで構築されたコンピューター時代から
π、中間子基軸の量子の時代に入って、これまでの
パターンが一変するだろう。
そういう時代の迷作として本作は重要なのかもね(^^)
π〈パイ〉 デジタルリマスター ブラックスワンが好きで鑑賞。 ブラ...
π〈パイ〉 デジタルリマスター
ブラックスワンが好きで鑑賞。
ブラックスワンに通ずる狂気さは確かにあり、自分に置き換えてもこの作品の様な数字や宗教観に囚われる経験はないにしても似たような自分自身で勝手に追い込んでしまう枷なんかは浅かれ深かれ誰しもが経験あるのではないか。
その経験がなにか蘇りながら良くも悪くも狂気さを体感するような感じで楽しめる作品ではあったが。
個人的な2024年洋画新作鑑賞ランキング
1 ネクスト・ゴール・ウィンズ 4.8
2 Firebird ファイアバード 4.8
3 コット、はじまりの夏 4.7
4 ARGYLLE/アーガイル 4.7
5 アリバイ・ドット・コム2 ウェディング・ミッション4.5
6 デューン 砂の惑星 PART2 4.5
7 ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ 4.5
8 アクアマン/失われた王国 4.5
9 ニューヨーク・オールド・アパートメント4.3
10 異人たち 3.7
11 ミツバチと私 3.6
12 コヴェナント/約束の救出 3.0
13 僕らの世界が交わるまで3.0
14 ストリートダンサー 3.0
15 カラーパープル 2.9
16 弟は僕のヒーロー 2.8
17 関心領域 2.6
18 ジャンプ、ダーリン 2.5
19 エクスペンダブルズ ニューブラッド 2.3
20 マダム・ウェブ 2.3
21 落下の解剖学 2.3
22 ダム・マネー ウォール街を狙え! 2.3
23 哀れなるものたち 2.3
24 DOGMAN ドッグマン 2.2
25 パスト ライブス/再会 2.2
26 ボーはおそれている 2.2
27 ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人 2.2
28 瞳をとじて 2.2
29 ゴースト・トロピック 2.2
30 葬送のカーネーション 2.2
31 Here ヒア 2.1
32 ハンテッド 狩られる夜 2.0
33 サウンド・オブ・サイレンス 2.0
34 ポーカー・フェイス/裏切りのカード 1.9
35 アバウト・ライフ 幸せの選択肢 1.8
36 サン・セバスチャンへ、ようこそ 1.8
37 VESPER/ヴェスパー 1.5
38 フィスト・オブ・ザ・コンドル 0.5
番外
QUEEN ROCK MONTREAL 5.0
π〈パイ〉 デジタルリマスター 2.0
信念を追い求め、妄想に憑りつかれる者
ダーレン・アロノフスキーの作品はそこそこ観ているが、長編デビュー作のこれを観るのは、今回のデジタルリマスター版が初見。数字に憑りつかれた男の妄想を、エッジの効いた前衛的な映像で描いているが、本人も語っていたが塚本晋也の『鉄男』へのオマージュがビンビンに炸裂している。それよりも何よりも、彼のその後のフィルモグラフィとダブる描写が詰まっている。
それは、信念と追い求めるうちに、次第にそれが妄想となり憑りつかれていく人間が主人公という点。『レクイエム・フォー・ドリーム』では若いカップルが麻薬に溺れ、『ノア 約束の舟』では民や動物を救う方舟作りに男が執着し、『ブラック・スワン』では完璧な踊りを求めるバレリーナが黒鳥と同化していく。
個人的にはこの監督の作品は当たり外れが多い。『レスラー』、『マザー!』は好きだが『レクイエム・フォー・ドリーム』、『ノア 約束の舟』は苦手だった。本作も正直言ってあんまりノレなかったけど、『ノア』を作った理由も『レスラー』のランディがキリストと重ねられているのも、ようやく納得できた。「デビュー作には作家の全てが詰まっている」法則はここでも発動していたのだ。
dizzy dizzy dizzy
Dizzy noisy lots of bugs
どのカットもかっこよく、スピード感や揺らぎがあるが静止画的、
数字のことはよくわからないけど、追い求めるものが偶然なのか必然なのか蓋然なのか。
螺旋のこと。
チャイナタウン。
地下鉄。
オービタル
マッシブアタック
頭痛シーンがすごい良い
音と映像を受け手の感覚と接続するのがすごい上手いなあと思った。主人公が頭痛に見舞われると画面がぐわんぐわん揺れたり不快な音が周期的に鳴ったりするんだけど、その周期がちょうど実際の頭痛のときに感じるそれと同じだった。
画面も音もいじればいじるほど作為性ばかりが強調されて実感覚からは乖離していくんだけど、本作はそのへんのバランスがよかった。表現そのものは誇張的なんだけど、根底で実像を捉えている、的な。
アロノフスキー監督の『ブラックスワン』が今敏の『パーフェクトブルー』を範型としていたというエピソードは有名だが、本作も日本アニメの影響がモロに出ていた。映像的混沌が臨界点を超えた次の瞬間に真っ白な無音空間が立ち現れる、みたいなの、まさに90年代末のアニメだ。
高等数学を扱っているという割には物語はわりと単純だし、引用される人名だの概念だのもサブカル系まとめサイトでよく見るようなありふれたものばかりだった。まあ、そのおかげで最後まで見られたんだけども。
好奇心に駆られ、目が焼けるのも厭わず太陽を見つめてしまったことのある主人公が、数字という魔性に惹きつけられるのは論理的必然だ。主人公は飽くなき探究の果てに太陽の実像を視ることができたのか。3桁の乗算に「わからないよ」と微笑む彼の表情はひどく寂しげだった。
【”216桁の数字“高等数学に憑りつかれた男の狂気性を、斬新でグロテスクな映像とテクノ、アンビエントミュージックを効果的に使い、描き出した作品。】
ダーレン・アロノフスキー監督の長編デビュー作。
■天才的な数学研究者であるマックス・コーエン。
ある日、彼の家を満たしているコンピューターが暴走し、数字の羅列を弾き出した。
マックスはそれが世界の株式相場の未来の動向を示すモノであり、且つユダヤ教のモーセ五書の法則の神秘の数字だと知り、その解析に没頭していく。
そして、マーシー・ドーソン率いる謎の株組織に追われ、ユダヤ教のラビたちにも・・。
且つて、πを研究していた老人ソルと交流を続けるも、彼も又失踪。
一方、だが同時に、彼はひどい頭痛と奇妙な妄想にとらわれていく・・。
◆感想
・ダーレン・アロノフスキー監督は、今作の脚本も手掛けている。
フィボナッチ数列なんて、久しぶりに聞いたよ・・。
ハーバード大では、人類学を勉強していたのではないのかい・・。と思ったら、作品構成は人間の脳に焦点を当てたモノだった。成程。
・前衛的な現実と幻想を行き来するような、不思議な感覚に襲われるモノクロ描写と目まぐるしい展開がスタイリッシュである。
それを後押しするようなジャーマンテクノの様な無機質なエレクトロポップ、アンビエントミュージックの使い方も効果的である。
・随所で出てくる、グロテスクな脳の視覚的インパクトも大である。
<マックス・コーエンが高等数学にのめり込み、ユダヤ教組織や謎の株組織に追われつつ、自我を失って行く過程がスリリングである。
そして、彼は自らの頭にドリルを当てて・・。
高等数学のラビリンスから解放されたマックス・コーエンの表情は穏やかだ。
かつての様に、3桁乗算は、最早解けないが・・。
ダーレン・アロノフスキー監督の巧妙な脚本と共に、映像センスが印象的な作品。
優れた映画監督は、初長編で、その才能を既に発揮していた事が分かる作品でもある。>
インテリ臭〜。
勝手に物語が進んでいる感じで主人公含めた目的や行動が漠然と、踠き苦しみながら何にもならなくて自滅。
全体的なLookに拘る映像と雰囲気ある世界観は次作「レクイエム・フォー・ドリーム」に受け継がれているようで、初期のクリストファー・ノーランみたいな、ダーレン・アロノフスキーが"バットマン"を撮ったら面白そう??
難解な物語がありながらもオチがスッキリしない、センス良く撮る方向性に気が取られがち、な、気がする。
ブラックスワンの片鱗は
個人評価:2.5
この世の万物を数式で紐解く事と、モーセの十戒の謎を上手く繋げていく点は興味深いが、あまり掘り下げる気はなく、塚本晋也の鉄男のオマージュの様な演出が主となり、退屈ではあった。後にブラックスワンを撮った監督の片鱗はなかったのは残念。
数字に囚われ、法則に囚われる男の話。全体を通して白黒で男の演技にさ...
数字に囚われ、法則に囚われる男の話。全体を通して白黒で男の演技にさらに緊迫感のあるような印象を受けた。内容が数字や数学を扱うもので数学が苦手な私には少し小難しく感じたがその難しいものにのめり込む主人公の姿には圧倒されるものがあった。また、音楽がテクノ混じりでかっこよかった。
何かがわかりそうになる瞬間
数字で世界のすべてがわかるかもしれない、そういう妄想に刈られた数学者の話です。
ある一つの事象と別の事象を関連付けるのは人間の知性の初歩的な段階なのではないかと勝手に想像するんですが、ソースはありません。原始文明における魔術は科学の生みの親、とみる見方もあるようですが、「雨が降ったら作物が育つ、だったら雨が降らなくても畑に水をまけばいい」という経験的な法則からくることも科学的ですし、「恨みを持つ相手そっくりの人形を作って痛めつける」という魔術も、じつは類似のメカニズムなんじゃないかとおもいます。
また西洋文化の二元論の限界を多くのポストモダンの哲学者が指摘するように、実は数学や言語というのは真実に近づいたり、何か新しいものを作るための道具にはなりますが、そのものが真実になりえることはないという、歴然とした事実があります。たいていの人はその道具を真実と思い込み妄信したり懐疑したりするんですが、じつはそれはナンセンスで、目の前にある「それ」そのものが真実であるわけです。この辺は仏教が得意な分野だと思いますが、この映画のラストではそれがいいたかったのではないかと思います。
禅文化と共通するのかな?この監督のほかの作品を見ても問うよう哲学への関心が感じられますし、たぶんその辺の解釈でいいのではないかと思います。
面白い映画でした。
全19件を表示