「夢からのメッセージ」野いちご kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
夢からのメッセージ
初ベルイマンでしたが、最高!の一言です。本作はベルイマンの代表作の一つと言われていますが、噂に違わぬ大傑作でした。
本作はロードムービーですが、夢に大きく比重が置かれています。旅の中でいろいろと事件や変化が起きますが、どちらかというと夢の中で物語が進んでいった印象を受けます。
主人公・イーサクは78歳の医学博士。大学の名誉教授が授与されるほど職業人としては成功していますが、どうも家族には恵まれていません。
やがて、イーサクは他者との関係性を構築することから逃れ続けた人生を送ってきたことがわかります。情緒的なぶつかり合いを避け、肝心なところで知的な上から目線の綺麗事で済ませてきたため、大事なものを手に入れることができなかった。
重要なことから向かい合わずに逃げると、自分を生きることができず(byホドロフスキー師匠)、虚無に苛まれます。イーサクも例外ではありません。しかも、それが息子にも伝達しており、もはや呪いとなっております。
朝、イーサクは長年連れ添ったおばあちゃんメイドと軽くケンカしたあと、息子の嫁マリアン(美女!)と、ヒッチハイクで拾った若者3人と大学に向けて1日だけのドライブの旅をします。その旅自体よりも、この1日で見る夢が彼を変えていったように感じました。
オープニングに見る夢①にて、イーサクは棺桶に入った自分の死体と対面し、死体に腕を掴まれます。
ここでイーサクが生きるしかばねであることがわかります。しかし、棺桶のイーサクは必死の形相で生けるイーサクにしがみつきます。まるで「本当にそのまま死ぬのか?後悔はないのか?まだ間に合うぞ!」と訴えているように感じました。
ドライブに出てからすぐ見る夢②では、かつての許婚が弟に奪われた過去がわかります(夢②は、夢というより追憶の色が濃い)。
イーサクは偽りの人生を後悔しはじめます。
中盤のハイライトとも言える夢③は、不条理な医学試験を受けさせられるも当然合格できず、孤独の刑を宣告させられます。
夢としてはキャッチーすぎますが、彼は孤独の人生を生きました。しかし、自分で選んでいるようで、実は逃げている。だから、刑を受けているのです。過去のイーサクからの復讐。
マリアンから息子の真実を告げられ、イーサクは苦悶する。妻に対して取った態度に苦悶する。過去と現実からツケを払わされるイーサクですが、かつてのイーサクではないことがここからわかります。
昔のイーサクでしたら、苦悩しませんでした。上から目線で逃げていた。しかし、この日のイーサクは、自分の過ちに真っ向から立ち向かったのです。
これができたのは、夢の力によるものだと感じています。
夢はこの世を生きていない、自分の半身からのメッセージです。イーサクはそのメッセージを無視せず、受けいれたのだと思いました。
これらの夢を見なければ、彼は虚無のまま1日を過ごしたでしょう。これまでの日々のように。
名誉博士号を授与された夜、息子夫婦、おばあちゃんメイドと言葉を交わします。それは、おそらくかつての彼では語れなかった言葉、取れなかった態度が表れていたと感じました。特に、おばあちゃんメイドとの会話は、冒頭の2人の会話と対比になっている印象を受けました。
イーサクの変化はとても些細です。しかし、この日のスモールチェンジは彼の心の奥底で起きたものです。これから彼は生まれ変わります。
本作のラストを飾る、この日の最後の夢は、彼が抑圧して見ることができなかった光景です。このラストシーンを思い出すたびに、胸がいっぱいになります。
彼はホドロフスキー師匠みたいに赦しに至ることはできないかもしれない。しかし、そこに向かう旅に出ることはできる、そんな力強いメッセージが込められた夢でした。
イーサク・ボルイ博士御年78歳。彼の人生はこれからです!