「ウォッカにトマトジュース=ブラッディマリー」囚われの美女 いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
ウォッカにトマトジュース=ブラッディマリー
勿論、監督は初めましてだし、フランス映画自体それ程鑑賞経験はないけど、今作のアバンギャルドさ、しかしきちっと収斂される物語性はわざわざ東京迄観に行った甲斐を強く感じさせられた。多分、今作の成分が沢山『世にも奇妙な物語』に影響を与えている筈な作りである。そして何よりも女優陣の美しさ、素敵な裸体、堂々とした演技力に目を奪われたりもする。
日本の作家だと、江戸川乱歩に通ずる倒錯の世界観を存分に醸し出している。
勉強無しで初見で鑑賞したのだが、ストーリーの冒頭は丸っきり想像が出来ない展開である。段々と進むにつれ、監督の催眠術に掛かるかの如く、どんどんと深い霧の中に誘われる。繰り返し流される同じようなシチュエーションと、色々な小道具。頭がクラクラしてくるのがはっきりと自覚できる同一シーンの使い回しと、これでもかの繰り返される砂や靴、そして血糊等のメタファーだ。その女はサキュバスなのか、それとも幽霊なのか。そもそも今の主人公は夢の中なのか、それとも現実か。その虚と実の移ろい、曖昧さにやられてしまう。夢を観る機械も、昔のフランケンシュタイン的レトロフューチャーなイメージで、益々サスペンスフルな仕上がりに一役買っている。マグリットの“美しい囚人”がモチーフになっているとはっきりわかる程、作品中に登場されるので正にシュールレアリズムを映画にしたらこういうことなんだろうと、難しくは感じない万人に理解出来るのではないだろうか。“夢オチ”とみせかけて、でもそれもまた夢か現実か、永遠に続く頭がクラクラする脳内ゲシュタルト崩壊的作品である。劇伴である、タンゴやクラシックも、上品と下品さを併せ持つ境界線ギリギリの危うさを演出している。ストーリー、俳優、そしてループの多用編集と、高度に洗練された実力がないと生まれないであろう、秀逸な作品であった。