「シュルレアリスムタッチのスラップスティック・コメディにみるルイ・マル監督の斬新さ」地下鉄のザジ Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
シュルレアリスムタッチのスラップスティック・コメディにみるルイ・マル監督の斬新さ
「死刑台のエレベーター」「恋人たち」のルイ・マル監督第三作目。緊張感と深刻さが勝るサスペンス映画と恋愛映画に続いて発表した作品は、映画のそれもサイレント映画の娯楽作品であったドタバタ喜劇のスラップスティックを1960年代に再現した斬新さに、制作当時27歳のマル監督の純粋な映画愛が溢れている。しかも主人公を10歳の少女ザジにして、大人顔負けの怖いもの知らずな子供の自由奔放な行動をカルカチュアした背景には、彼女を取り囲む大人社会への痛烈な批判も感じられる。単なる映画遊戯に終わっていないところが、この若きフランス人監督の驚くべき才能である。演出は他愛もないように見えて計算されていて、例えばエッフェル塔のシーンはシュルレアリスムタッチの技巧を凝らしたカメラワークが楽しめる。映画好きには堪らない、マル監督の野心作であろう。
役者もいい。コメディの演技ほど俳優の演技力が試されるものは無い。屈託のない笑顔を振りまくザジ役のカトリーヌ・ドモンジョは、嬉々として演じているのが自然であり、彼女だけの独特な個性も充分表現されている。「ニュー・シネマ・パラダイス」や「イル・ポスティーノ」の名優フィリップ・ノワレは、30歳には見えない貫禄と演技で謎めいたガブリエル伯父さんを演じていて流石の存在感。登場人物の中でひとり異様にして、能面の如く表情が変わらないアルベルティーヌのカルラ・マルリエの凛とした美しさ。殆ど家の中にいたアルベルティーヌが、夫の衣装を届けるために夜のパリを移動するシーンがいい。脚本と演出の巧さが光る。スラップスティックを全開に楽しませてくれるのが、ザジの冒険に同行するトルースカイヨンのイタリア人俳優ヴィットリオ・カプリオーリ。この紳士と絡むムアック未亡人のイヴォンヌ・クレシュの悲哀と痛さも印象に残る。
ルイ・マル作品の中で、映画を創りながら監督も楽しんでいる様に感じられる点では「ビバ・マリア!」に近い。また、少女が持つ女の怖さを描いたところは、ブルック・シールズ主演の「プリティ・ベビー」と似ている。後期の代表作「さよなら子供たち」から分かるように、裕福な家庭で恵まれた人生を送ってきたルイ・マル監督には幼少期のトラウマがある。「恋人たち」「鬼火」「ルシアンの青春」など、大人の視点で人間の生き方を追求した真面目さと厳しさの基本には、子供時代の人間の育ち方への関心の高さが窺われる。
「死刑台のエレベーター」のモダンさは一目瞭然だが、この映画の真剣な遊び方も粋でありモダン的である。そんなルイ・マル監督は、1962年の29歳の時、日本に初来日して京都を満喫している。淀川長治さんの話では、金閣寺や平安神宮の素晴らしさに感動して、その美しさはイタリアのフィレンツェだって及ばないと絶賛していたという。純日本式旅館に一週間以上滞在して、清水寺と法隆寺の美しさなどに魅了されたとある。日本の監督では、溝口健二と黒澤明が好きというのも、興味深い。これら古都の美術への関心の高さがあって、作家としての感性、創作における新しい試みが生まれるのではないかと想像する。「地下鉄のザジ」は、マル監督のモダンさが最も発揮された異色のバーレスク映画である。