魂を救え!のレビュー・感想・評価
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シーンの美しさ
約20年前に観て以来の鑑賞。デプレシャンの映画はこれと「二十歳の死」が瑞々しい感性が突出していて、このあとの「僕の恋愛時代(邦題「そして僕は恋をする」)」がまるでエリック・ロメールみたいにみんなよく喋り悩む、しかし中身がないかもなぁ…と感じたものだから、作家に対する評価が自分の中でやや下がった。そして、「キングス&クイーン」を観た時に、この人は自分の中の未消化を差し出して解釈させるタイプかもしれん。と思ったものだから、以来新作は観ていない。
今回、マリオン・コティヤールという現代フランスを代表する「数字を持っている女優」を主役に据えた新作の公開を控えて、これまでにデプレシャンが監督した・関連する作品が一気に公開される機会があり、この作品はまた観たいなと日仏学院を訪れた次第。
西ドイツ・ボンから医学生の主人公が、フランスの外交官であるいとこ?と一緒に、パリへ列車で向かう。車内の検札で官憲に書類が不備だと言いがかりをつけられて理不尽に拘束される。その際ある男が彼を尋問する。もちろん尋問されるような政治的な背景は彼自身には何もない。ただ死んだ父親がフランスの駐在武官だったのだがそれは尋問される理由には、公的にはならない。なんとか解放されて無事パリに着く。先に故郷からフランスに出てきていた姉と久方ぶりの再会のシーンは美しい。こんにちは、なんて挨拶しながら弟を「観察」する姉の警戒心。弟も同じ。それを観ていた姉の親友が「キスするのを我慢してるの?」と2人に呆れて言う。それをきっかけに堪えきれず再会の喜びを爆発させる姉弟。人類普遍の愛がある。
パリのコミュニティは狭い。というかみんな相手を値踏みしながらいつ自分がそこから弾き出されるか内心怯えながらも、弱さを見せることなく虚勢を張って生きている。
主人公は、列車で出会った男に仕掛けられた悪戯みたいな冗談みたいな話に巻き込まれ、しまいには自分で飛び込んで、エラいことになる…というのがこの物語。物語のほぼ最後まで内弁慶で口下手で、パリに馴染めない田舎者っぽかった彼が、ラストで輝く。輝くんだけどちょっと学生映画っぽい「雑なまとめ」でもある。え、そういうオチ?みたいな。だけど、デプレシャンはこのあと理屈っぽいおしゃべり過多にもなることを思うと、いやみったらしい世の中に一矢報いる若さがこの映画にはある。観てよかった。
主人公のお姉ちゃん、マリアンヌ・ドニクールがとにかく美しい。表情のひとつひとつが猫みたいな人である。「二十歳の死」と並んで、ものすごい存在感。その姉の親友ナタリーを演じたバレリー・ドレビルも印象的。若さを現すかのような長い髪、赤いジャケット、生意気な喋り方。すべていい。そして、みんな若い。泣けるほど若い。
中身があるか否か…中身は、あるよ。だけど陰謀とか外交的メッセージやストーリーよりも、わたしはむしろ、無意味に見えるようなシーンの一つ一つが光の集まりとして記録された、二度と撮れないこの映画の雰囲気として、非常に稀有なもの観たなぁと満足して見終わった作品でした。音楽とフォントの感じも、余計なものが何もなくて良い。
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