「「下に見える小さな点が死んだら何か変わるか?」」第三の男 neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)
「下に見える小さな点が死んだら何か変わるか?」
戦後ウィーンを舞台にした本作は、サスペンス映画の枠を超えて「正義と愛の代償」「神なき世界の倫理の揺らぎ」を描いた傑作だと思います。
物語は、親友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)が死んだと聞きつけてやってきた作家ホリーが、真相を追ううちに、戦後の混乱の中でペニシリンを薄めて闇市場で売り、子供たちを苦しめる犯罪に関与していたことを知る、という筋立てです。友情を守るか、正義を取るか。ホリーは最終的に正義を選びますが、それは幸福や救済にはつながらず、愛する女性アンナには拒絶され、孤独だけが残ります。
映像面では、強烈に傾いた構図(ダッチアングル)、光と影を駆使した演出、そして猫や犬、鳥といった動物のモチーフが印象的です。特にハリーが初めて姿を現す場面の光に照らされた笑顔、下水道の隙間から伸びる手、そしてラストの一本道でアンナがホリーを無視して歩き去る長回しは、映画史に残る強烈なショットとして記憶に刻まれます。
この映画が伝えているのは「正義を選べばすべてが解決する」という単純な話ではありません。正義を選ぶことは必ず何かを捨てることを意味し、そこには代償と孤独が伴うのです。戦前のように善悪が明快だった時代は終わり、戦後は神の不在のもとで、倫理が相対化された灰色の世界が広がっている。その中で人々がどのように選び、何を失うのかを鋭く描き出した作品だと思います。
・正義を選ぶ者は孤独になる(ホリー)。
・愛を選ぶ者は共犯になる(アンナ)。
・利益を選ぶ者は破滅する(ハリー)。
戦後ヨーロッパの孤独、倫理の曖昧さをここまで見事に表現した映画は稀有であり、今見ても深い余韻を残す名作だと思います。
鑑賞方法: Blu-ray (4Kリマスター)
評価: 94点