「ブルックリンの間取り図」スモーク ychirenさんの映画レビュー(感想・評価)
ブルックリンの間取り図
「この家の間取り、どうなっているんだろ?」
映画を観ながら、私はちょいちょいそんな事を考える。しかも物語の舞台が都市部で登場人物が手狭なアパートに住んでいようものならその物件に対する関心の度合いは一気に上昇。頭の中で間取り図を思い浮かべてしまう。
映画「スモーク」はニューヨーク州のブルックリン地区が舞台。小説家のポールベンジャミンは街中でトレーラーに轢かれかかるが黒人の青年ラシードに助けられる。そのラシードは目下家出中で行く宛もなくどうやら困っている様子。ポールは助けてもらったお礼にと期間限定で自室への滞在を提案する。そんなポールを「ニューヨークには珍しく親切な人だ」と笑うラシード。一度はポールの提案を断るもその後3日間だけ世話になる事に。
ポールの暮らすアパートは米映画でよく見かける大きな出窓のある家。玄関を開けてすぐにリビング兼寝室。隣には扉を隔てて狭いキッチン、そしてその奥が小さな書斎となっている。いやはや、その間取り、なんとも良い感じ。私はポールの部屋を甚く気にいってしまった。こじんまりしていて必要最低限の物だけしか置かれていない。欲深さを微塵も感じない室内だ。
ある悲しみから執筆スランプに陥っているポールはタイプライターを打ち出すと作家ならではのナーバスな一面を覗かせる。狭い家で居候の存在はスランプに拍車をかける以外の何者でも無い。結局親切には期限があってポールはラシードをアパートからやんわり追い払ってしまうのだがすぐに後悔。その後、紆余曲折を経てラシードはポール宅に舞い戻り2人は暫しの間共に暮らす事になる。
同じブルックリンでも白人ポールが住むアパートと黒人ラシードが住む開発団地では別世界。「決して交わらない世界」だと話すラシードに「このアパートでは交差した」と応えるポール。ラシードが「理想を高く持つのは危険だ」と切り替えせぱ「そうだな、調子に乗るのはやめておこう」とポール。そんな事を言いながらもある時は壊れかかったテレビでヤンキースの試合を共に観戦し、ある時はポールが出窓に腰掛けマグカップを片手にラシードと談笑。背の高い棚には数多くの書籍。窓の外からは揺蕩う光が差し込む。ゆっくり、そしてじんわり交差しいく2つの人生。そんな交流が生まれたのは都会の中のあの小さなアパートだったからこそではないだろうか?
登場人物の暮らす部屋の間取り図。それは決して前面に出る事はないが確かに人々を結びつけて物語がドラマチックに展開するよう一役かっている、と、私はそんな風に思う。