「ブニュエル流、目的地になかなか着かないバスの話。庶民のパワー×『駅馬車』×『恐怖の報酬』!」昇天峠 じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)
ブニュエル流、目的地になかなか着かないバスの話。庶民のパワー×『駅馬車』×『恐怖の報酬』!
新宿K’s Cinemaの「奇想天外映画祭2022」、三本目。
『リキッド・スカイ』、『ワンダー・ウォール』、『昇天峠』と、一日のあいだに同じ席で、三本連チャンで観たわけだが、回を追うごとに映画は古くなっていくのに(82年、68年、51年)、どんどん映画の出来はよくなっていくという残酷な結果に(笑)。
なんだかんだで、この一年くらいで『銀河』『アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生』『昼顔』『自由の幻想』『欲望のあいまいな対象』と、ブニュエルを映画館で初見・再見する機会が多い。
で、本作『昇天峠』。 いやあ、面白かった!
デビューした頃の前衛映画とか、後年のなんだかよくわからない不条理映画群のことを考えたら、ブラジル時代はびっくりするくらい、誰でも楽しめるようなまっとうなコメディもちゃんと撮ってたんだなあ、と感心することしきり。
それでもテーマとしては、ブニュエルお得意の「××したいのにどうしてもできない」シリーズにしっかり属している。(部屋から出たいのに出られない、殺したいのに殺せない、抱いてほしいのに抱いてもらえない、食べたいのに食べられない、……etc.)
このへん、やはり濃厚な作家性というべきか。
今回のネタは、乗り合いバス。
「早く新婚初夜を迎えたいのに迎えられない」
「早く街に着きたいのになかなか着かない」
このシチュエイションを、これでもかとばかりに粘っこく、さまざまな角度から描いていく。
ノリとしては、初期の小津安二郎とか清水宏とかの庶民派人情劇と、
『駅馬車』と、『恐怖の報酬』をまぜたみたいな感じか。(ざっくり)
出だしから終盤まで、ドラマはおしなべて緊密で、キャラクターは端役にいたるまで皆、個性的かつ魅力的。観ていて間断するところがない。
新婚ほやほやの主人公に異様なまでの熱意で迫り、そのまま落として性交まで持ち込もうと画策する怖い女。
底抜けに陽気な好人物で母親想いなのはいいが、そのせいでいつまでたってもバスが目的地に着かない運転手。
その他、バスの乗客には、義足の文句言いや、すぐ銃を抜く代議士候補、お産間近の妊婦、騒々しい子供連れなど、クセものが揃っている。
彼らは、時に停まって宴とダンスに興じたり、時に全員降りてぬかるみにはまった車を押したり、渡河したりする。
あるいは、いきなり始まったお産に立ち会ったり、運転手の母親の誕生日を祝ったり。
みなさん、実に人間くさくて、おおざっぱで、ラテンで、気持ちがいい。
彼らを観ていると、バスに乗り合わせた乗客というより、ある種の村落共同体のようなものに思えてくる。
『駅馬車』の場合、乗り合い馬車の乗客たちは、原住民の襲撃にされされていた。
『昇天峠』において、バスを狙う直接的な敵は特段いない。
敵はいないが、スリルは『駅馬車』に勝るとも劣らない。
なぜなら、ブラジルのバスは「走っているだけで危険がいっぱい」だからだ。
とても定期運行されているなんて、信じられないくらい、このバスはあらゆる危機にさらされている。まさに、その行程は、危機また危機。アドベンチャーに他ならない。
まず、車がポンコツだ。パンク。脱輪。ガス欠。いつ止まってもおかしくない。
それから、ルート自体が異常に危険だ。途中で動かなくなる渡河ポイント、対向車とすれ違えない急傾斜の坂道。その極め付きが「昇天峠」。名が体を表す、剱岳のカニの横ばいか、黒部渓谷の下の廊下かというくらいの難路である。
ふりかかるアクシデントの数もただごとではない。
突然産気づいての出産、寝落ちしかけていきなり荷台で寝始める運転手、この世の終わりのような暴風雨、崖っぷちでの落石。
昇天峠付近で主人公がバスを走らせるミニチュアを用いた特撮シーンが、マジで怖い。
まさに、『危険な報酬』ばりのスリル満点の峠越えだ。
なにせ、主人公がようやく目的地に着いて老弁護士に帰路での同乗を願い出たら、「この齢になって命をかけてまで乗るもんじゃない」と拒否されるくらいの危険行なのだ。いったい、どんな「乗り合いバス」だよ(笑)。
危険すぎる定期便。ちょっと銀河鉄道999を思い出してしまった……。
全体のノリは、総じて陽性でラテン的だが、そこはさすがブニュエル。
そこかしこにブラックなテイストが仕込まれていて、観ていて「凄み」がある。
とくに、往路で渡河ポイントでの窮地から救ってくれた牛飼いの少女が、帰路では毒蛇に噛まれたせいで命を落としていて、棺でバスに乗ってきたのには仰天した。すげー怖いセンス。
先述した、執拗に色仕掛けで堕としに来るボディコン女も、描き方がサイコすぎて怖い。
あと、いきなり石投げてくる民衆とか、まるでいうことをきかない乗客たちとか。
貧乏村の遺産相続なのに、やっきになっていがみあっている兄弟ってのも怖い。
全体にやってることが、ピーキーで、濃密で、アナーキー。
みんなが、あまりに突発的で、野放図で、自由すぎる。
しかも、それがブラジルでは、「そのへんにある日常」であることが、なんとなく伝わってくるのが怖い。なんか、すべてにおいていい加減というか、命が軽いというか。……だから、こんな危険な「乗り合いバス」を走らせることができるのだ。
このへんの奇抜で粘っこいテイストは、そのまま後期のブニュエル作品にも引き継がれていくわけだが、晩年の不条理劇と比べると、本作の場合テンポ感がギャロップというか、小気味良いペースで映画がどんどん進むので、なんだか観ていて、とても新鮮で清新な感覚があった。
あと、新婚のパレードや誕生パーティや野辺送りで、しきりにあちこちで、爆竹ならぬロケット花火を飛ばしまくってるの、すげー気になるんだけど、あれブラジルの風習? あぶねーだろw
ラストはちょっと拍子抜けの感じもあったけど、
バスが行って、帰ってきたわけだから、残りはおまけみたいなものか。
総じて、ブニュエルの「まっとうな演出力」と「まともにドラマを組み立てる力」を再確認できる、「ふつうに面白い映画」で、観られてよかった。
まあ、パブロ・ピカソが写実だって巧いってのと一緒で、本当に偉大な監督というのは、「ふつうの映画を作らせても」ちゃんと一流のものを撮れちゃうんだね。
考えてみると、「危険地帯を突破して、また帰ってくる映画」ってくくりでは、
『昇天峠』って、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のハシリなんだな(笑)。