劇場公開日 1958年9月26日

「混沌の中に屹立する愛」死刑台のエレベーター(1958) 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5混沌の中に屹立する愛

2023年7月19日
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完全犯罪を遂行し、悠然とビルから立ち去るジュリアン。花屋の前に停めたコンバーティブルに乗り込み、ふと上を見上げる。殺害相手の部屋からダランと垂れた一本の縄。ルネ・マグリットの絵画のようにシュールで間の抜けたその光景は、ジュリアンの決定的失敗を示すとともに、これから始まる滑稽な負の無限連鎖を予感させる。

急いでビルに戻るジュリアンだが、警備員の勘違いにより不運にも彼はエレベーターの中に閉じ込められてしまう。ジュリアンの頭をよぎるさまざまな懸念。完全犯罪の失敗、カフェで待たせたフロランスとの駆け落ち計画。一方、花屋の前に停めていたコンバーティブルは鍵を挿しっぱなし。若いカップルに盗難されてしまう。カップルは男のコンバーティブルでパリの街をぶっ飛ばす。それを待ち合わせ場所のカフェから偶然見かけてしまったフロランス。彼女の双眸が捉えたのは、コンバーティブルと助手席に座った若い女。そして彼女は自分が裏切られたと早合点する。

些細なボタンのかけ違いによって物語はあらぬ方向へと駆け出していく。マイルス・デイヴィスの即興音楽がそれをさらに急かす。にもかかわらず主人公であるはずのジュリアンは一畳そこらの狭い箱の中でひたすら狼狽している。彼は堪えきれずにあれこれ脱出方法を模索するが、そのどれもが失敗に終わる。動と静の皮肉なまでのハイコントラストに思わず笑ってしまう。

物語はやがて制御不能の域に達し、すべての登場人物がめいめいに迷走を始める。本作ほど警察組織を素朴に応援したくなってしまう映画もない。公権力というデウス・エクス・マキナ以外に、この暴走列車を制止する術はないからだ。翌朝、ようやくエレベーターから脱出したジュリアンだったが、時すでに遅し。新聞は既に彼の容疑(しかも彼とは無関係な殺人事件)を大々的に報じており、ジュリアンは立ち寄った行きつけのカフェで現行犯逮捕される。マジで最後の最後まで何もできなかったのが面白い。

一方、自力でジュリアンへの誤解を解いたフロランスは、ジュリアンにかけられた嫌疑を晴らすべく最後の最後まで奔走する。結局、彼女の決死の行動はシェリエ刑事の立ち回りによって阻止されるのだが、これから先ジュリアンに会うことはできないのだと悟ったフロランスの、愁いを帯びた表情は美しい。何もかもがメチャクチャに混線してしまった中で、愛だけが不変だったのだ。本作が純愛映画の傑作と謳われる理由がようやく理解できた。

因果