サタデー・ナイト・フィーバーのレビュー・感想・評価
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今はまだ、今を生きる
4Kデジタルリマスター版にて鑑賞。
観てて楽しいダンス・音楽映画かと思いきや、割と重めな青春映画だった。
窮屈な現実と自由なダンスのギャップの前半から一転、後半はダンス控えめの青春群像劇がメインで驚いた。
ただただ、浮かれたダンスではない
いかしたダンスがクローズアップされがちのこの映画。
最後まで観てみると、とても重たい事件が起こり、考えさせられます。
青春時代なら避けて通れないのかもしれない。
普通だったら、ネタバレしてしまうけど、あえてしたくない内容が待っている。
「イージーライダー」にもあった、ちゃんと根っこがある内容。
昔の映画というのは、ちゃんと大事な事はキチンと盛り込んでいるから面白い。
ひたすらバカ騒ぎして終わりとか、カッコいいだけで終わりということが、まず無いね。
ダンスだけ見たかったのー
子供の頃、テレビで見てヤンキーの兄ちゃんが踊ってた映画と記憶していた。ラストあたりで誰か橋から落ちたよなぁ〜?後は覚えていない。
今日見て、ほぼ間違いなかった。
追記:流れていた曲が良かったー
何100回見たことか!
1978年7月21日大ヒット作の上映後日本にもディスコが乱立し空前絶後のディスコブームをまきおこした。
当時から映画、ビデオ、DVD、ブルーレイと何100回みたかわからないほどである。
クライマックスのディスココンテストでは黒人差別をもろに描いていて、時代だなと思う。
あの黒人ダンサーのデュオは今見ても非常にうまい。ブロードウェイのダンサーだそうだが、黒人特有のブギウギダンスがこの映画最高の白眉である。
題名に騙された感じ、 期待外れ
1.全然、フィーバーしていない
2.もっと弾けてて、元気な映画と思ったら、スローで地味な感じ
3.ディスコ大会の観客も少ない → 推定100~200人
4.往時のジュリアナ東京の方が、ノリノリで、弾けてて、何倍も人数も多かった
5.この映画は、恋愛と不良遊びがメインで、ディスコはサイドストーリーの感じ
6.主役のトニーは、まともな所もあるが、恋人を振る時の態度が冷たくて、不人情
7.及び、ディスコ大会で優勝(賞金500ドル)しても、ペアの女の意見を無視して、
「自分達は、2位より劣ってた」と言って2位のペアに賞金等を渡してしまう
8.男らしい、と言うより、自分本位過ぎる
9.主役がここまでダメ男だと、ガッカリ
10.ネクラのオタクが、踊りが割と上手な程度
11.観てて心が躍らない、 期待外れ
勢いがある作品。人は皆問題を抱えながら生きている。
<物語>
・ダンスだけが共通点で環境は正反対の二人、トニーとステファニーがダンスを通じて反発しあいながらも分かり合っていくという作品。
・人は何かに秀でる(=スキルを持つ)ことでそれを人に見せるだけで人に示すことになることを再認識した。モチベーションを上げたいなら頑張っている人を見れば良い。周りが堕落している人ばかりの環境から脱しよう。
・トニーの兄貴は『親から理想を押し付けられる問題』を、アネットは『想い人が振り返らない問題』を、ボビーは『中絶問題』を抱えている。それぞれが強烈でサブテーマを視聴者にぶつけてくる。
・ダンスコンテストを最高の形で終わらせたトニーとステファニー。しかしその後のプエルトリコ人カップルによる完璧なダンスを見てトニーは上には上がいることを自覚、ステファニーは違うダンスだという視点で素直に優勝を喜ぶ。それぞれ優勝に対するスタンスが異なる。
・トニーのプエルトリコ人が優勝できなかった事へ怒りをぶつけるシーンを再度見てみる。彼は世間に差別されたり見下される人間がその実力を示した時、正当に評価されないことと、世間はいつも無意識に何かを見下して鬱憤を晴らしている、その事に大して深く傷ついているということが分かった。これを認識して、この物語、トニーに共感できる理由が分かった。
・ブルックリンから伸びるヴェラザノ=ナローズ・ブリッジが物語のキーロケーションとなる。Google Mapを見ながら見た所場所がつかめ面白かったので今後もこの手法を使っていく。
・終わり方がこれからどうすんの?という所でいきなり終わる。視聴者の想像に任せているのか、はたまた映画で表現されるある人物の人生の一時というものは物語が終わってもエンドするものでは無いという意図なのか。その後、トニーとステファニーはダンスをどのように人生の中で付き合っていくのか。トニーはダンスを極め、ステファニーはダンス教室を開くとか、そういう形だろうか?
<手法>
・視聴者を劇へ共感・没入させる物語の展開手法として、謎を謎のままひっぱってから開放するという手法の有用性について考えさせられた(ステファニーがトニーと一緒に帰るのを拒否するのが続き、その後ステファニーの内面・事情が顕になるという仕掛け)
・劇中で主人公の家にロッキー(1976年公開)のポスターがあったり、ブルース・リー見に行かねえか?と話題にあがったり、当時のエンタメ模様を意識させられた印象が残る。
・ダンス中、トニーとステファニー二人が手をつないで回るシーンが一人称視点の撮影となっており印象に残る。
・製作者の意図があるか不明だが、ステファニーを一人で接写する時周りを光できらきらでぼやけさせる取り方で美しさを強調していたように思う。
トラボルタがスターに
トラボルタはブルックリンに住む下層階級で、昼間はバイトに精を出し、夜は大好きなダンスをやるためにディスコに通う。
悪友たちとつるんで馬鹿なことをしているが、これじゃダメだ、と思い始める。
ディスコの名曲がズラリ、特にビージーズは最高、トラボルタのダンスはとてもかっこいい。
見所はひとつ、ジョン・トラボルタの華麗なるディスコダンス
この映画の魅力は偏に主人公トニーを演じた新人ジョン・トラボルタのダンスにある。カラフルな光線を浴びてディスコの舞台を華麗に踊りまくるトラボルタを観ていて飽きることはない。しかし物語は単純そのもの、優勝賞金500ドルを掛けた競技会で圧巻の踊りを披露するダンスシーンがクライマックスの青春サクセスストーリー。そこまでに至る紆余曲折が弱く、主人公の良い子振る作為が見え透いてしまう。人物の掘り下げが弱い。このトニーに関わる人物として、踊りのパートナーのステファニーと、聖職から挫折した実兄のフランクが居る。これはトニーの性格を引き立てる意味で上手く行っている。ただ、ブルックリン生まれの仲間たちの青春群像の表現には無理があると思った。それは、土曜のダンスの為だけに働くトニーの生活との対比で、彼らの無軌道振りが社会背景を伴って定義付けられていないため、ドラマに衝撃を与える一人の自殺が効果なく終わっているから。これはそのまま、主人公トニーの大人になる成長過程に繋がるから作劇の問題として大きいのだ。
結果的にドラマとしての完成度は低いが、現代の若者の姿を端的にカッコ良く描いたところは好感もてるし、映画のヒットに対して何も批判めいたことは言う必要はないと思った。
1978年 8月26日 郡山スカラ座
人生で一度だけ新宿のディスコで踊ったことがある。卒業祝賀パーティーのノリで行ったのだが、誘われて私が踊り始めると、ひとりの東京出身の淑やかな女性が、信じられないと驚かれたのを今でも鮮明に記憶している。確かにダンスをするようなセンスは持ち合わせていない男だ。それを痛いほど実感したのが、翌朝布団から起き上がることが出来なかった時。ダンスは素晴らしい肉体表現のスポーツであり芸術と、身をもって納得した。
ロッキーのポスターが貼ってあった
2021年7月25日
映画 #サタデー・ナイト・フィーバー (1977年米)鑑賞
この映画がヒットしたことでフィーバーという言葉が日本でも普及し、パチンコの大当たりももフィーバーすると言ってた
この映画により、ディスコが普及し、#ビージーズ がひっとし、ダンス映画ブームのきっかけに!
そんなんじゃだめだトニー。
ジャケット写真とタイトル、曲が有名な今作。
観て驚いた。ただ遊びほうけるふざけた映画じゃない。
いつからだろうか、人が「自分は狭い世界に生きている」と気づくのは。
年上の友達ができた時?流行りの雑誌を手に入れた時?
主人公トニーの場合、それはダンスホールでステファニーに出会った時だった。
トニーはイタリア系の敬虔なクリスチャンの家に生まれた。
友達も、職場もイタリア系。あまり裕福ではないらしく、育ちは良くない。
土曜の夜ダンスに繰り出す時が、彼が唯一自分を解放できる瞬間だ。
ステファニーとの出会いをきっかけに、主人公は自分の生き方に疑問を抱き始める。
一旦こういう思考になると、日常がまるで違って見えるもので。
自立した女性(弱い部分もあったけど)のステファニー。
親の期待を裏切り、自分に正直に生きることを決めた兄。
自分の存在価値を承認してほしくてヤケになる女の子。
ペンキ屋に安い給料で10年以上働く同僚。これが自分の将来?果たしてこれでいいのか?
地元のダンスホールで王様のように振る舞い、いい気になっている自分や、内輪でつるむ周囲がバカらしく思えてきた。
そんな時に、親友に起きた出来事よりトニーは擬似的に死を経験、やっと目が覚める。
似た境遇の人間が固まる、狭い世界を抜け出す覚悟を決めたトニー。
まだ不安のほうが強いみたいだが、少し清々しい顔つきだ。
そう考えるとホールの新顔・ステファニーは、主人公にとっての福音だったのかもしれない。
フィーバー
予備校の寮にいた時に、自分の置かれた状態とは真逆の世界(ダンスフロアがね)を2番館で観た。
ネトフリに入っていたので、ダラダラと観たが、内容はまあまあだった。ダンスは意外にも社交ダンスのステップなどもあった。サウンドトラックは当時持っており、ヘビロテで聞いていた。
フィーバーフィーバー
ダンス映画なんてアホくさくて、とずっと馬鹿にしてやっと観ました。トラ君どうせチャラいキャラかと思いきや、意外に純心な役で且つそれが結構嵌まっていて好感度高でした。相手役が美人じゃないし全然魅力的じゃないところも却ってリアルです。メッセージもつたわります。良い映画です。しかし、あのダンスは新宿系でダサいといってエセ六本木系の生意気なクソガキだった私らはバカにしてましたが、そこだけは確かにナウくないですね。
久しぶりにビージーズ聞いたけど、これは今でも十分イカしてます。
ディスコブームを作った映画
NYブルックリンに暮らすイタリア系移民の青年達のディスコを舞台にした青春物語。
ジョン・トラボルタの腰をひねった決めポーズの印象で毎週ディスコに繰り出してブイブイ言わせてる映画だと思っていたが(笑)、イタリア系で中絶禁止の敬虔なカトリック教徒の家庭に暮らす青年達は道徳心があり、羽目を外した後では後悔もするし家庭内やコミュニティでの立ち位置も気にかける。特に真面目な主人公は、自分よりアッパーな暮らしをするダンスパートナーと出会い、上昇志向に目覚めていくという真面目なストーリーだった。
1970年代後半から80年代にかけてのディスコシーンが垣間見えて楽しい映画。
酒とタバコと女とダンス
今も昔も若い頃に憧れるものは一緒かもしれない。ハメ外しちゃってるオレかっけぇーみたいな振り返れば小っ恥ずかしくなる行動言動は誰もが通る道だと思う。
見栄張ってカッコつけて粋がって、ふとしたことがきっかけで今までの環境から抜け出そうとする。
「生き残るには自分が正しいと思ったことをやれ」
なんて、一度は言ったり言われたりしたのではないだろうか。
普遍的なテーマの映画は普遍的な音楽と共に生き残る。
Bee Geesはもちろん、Yvonne Elliman 、Tavaresと名曲は時をこえていつまでも愛される。
70年代ディスコ
話はしょうもない。70年代の風俗を捉えた映画としては価値あり。トラボルタは主役を張る顔ではないわ、と敬遠していたがダンスフロアで踊る姿は確かにかっこ良い。当時ディスコでみんな真似たものです。サントラも豪華。個人的には飯食うときにあんなにクチャクチャ音たてる男(演出的には主人公の育ちかたが分かる大事なシーンだが)はごめん被る。
当時の時代あっての映画
公開時、生まれとらん。はじめて観た。
いま、まっこうから評価したらだめだな、これは。当時の時代あっての映画だと思う。
そのとき新しいものは古くなりやすい、としみじみ痛感させられる映画です。悪い意味ではなく。
トラボルタの演技は自然過ぎる、これ素だろう。終わり方も、なにそれ?と思うほどゆるい。言い出すと、つっこみばかりになりそうなのでやめとく。時代を映すのも映画の価値、観て良かった。
時代、踊り、音楽の 三位一体
時代、トラボルタの踊り、音楽(ビー・ジーズ)が 三位一体となって あの世界的大ヒットになった
私の同僚が、退社後 ディスコで踊っていた時代である(笑)
映画のラストにあるように 閉塞感があっても、貧しくても一歩踏み出してみれば、何かが変わりそうな 時代でもあった
(一歩、先行くダンスパートナーだって あの程度である)
見返してみると、やはりトラボルタの 滑らかな体の動きが出色(足も長い!)
あの 友人達のアホさ加減も含めて、良質の青春映画になったと思う
「フラッシュダンス」の主人公は あの滅茶苦茶ダンスで 学校に合格して ダンサーの道を歩んだが、彼の場合は 一時の栄光なのね… (あんなに 上手いのに!)
今と違ってダンスの自由度が 少ない時代ではあった
サタデーナイトフィーバー
主人公が見た目も心もイケメンすぎる。
仲間たちはクズすぎる。
終わり方が微妙だったかなー。所々の話しが中途半端というか伏線回収して欲しかった。最初の緑の靴とか、バイトの事とか、今後なにやるのかとか、ヤンキー集団の話しの事とか、家族の事とかとか。
曲は素晴らしいなー。踊りたくなる!
ダンス自体は、ダサいもとい、古きよきダンスだったけど。
トラボルタはイケメン
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