「妻の浮気に苦しむ一途なマックィーンw」ゲッタウェイ(1972) jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
妻の浮気に苦しむ一途なマックィーンw
二組の変わった夫婦の物語です。
夫婦① マッコイ夫妻
夫:カーター・ドク・マッコイ(スティーブ・マックイーン)
妻:キャロル・エインズリー・マッコイ(アリ・マッグロー)
夫である通称“ドク”さんの職業は銀行強盗ですが、ヘマをしたのか現在収監中。保釈が認められずにイライラが募ります。彼の最大の心配の種はシャバに残した美人妻のこと。枕元には妻の写真。妻とのベッドシーンを繰り返し回想し一人悶々とするドク、一途な男です。面会に来た妻に、自分の保釈のため、権力者ベイノンと交渉するよう指示します。
妻キャロルの職業は夫のアシスタントです。仕事のときはドライバーを務めます。夫の指示でベイノンの元を尋ねますが、胸が見えそうな大胆な服装で、勧められるままに酒を口にするキャロル。明確には描かれませんが明らかに不貞を暗示させるシーンです。
ベイノンの力で夫は保釈されますが、代償として銀行強盗を請け負わされます。4年ぶりにムショを出た夫を1時間以上待たせて遅れてきた妻の言い訳が「髪をセットしてて遅くなったの」って…。4年間離れ離れでいた二人の間に、なにやら不穏な空気が流れます。
この後、夫婦の心はくっついたり離れたりを繰り返します。
・二人で服を着たまま水に飛び込んで泳いで仲直り
・久しぶりに二人きりになってギクシャク
・権力者との不貞を知ってギクシャク
・夫が何度も浮気のことを問い詰めてきてうんざり
・ちょっと目を離したすきに妻がバーでナンパされててギクシャク
・妻が大金をスラれてギクシャク
・夫が金を取り戻して仲直り
・二人でゴミの収集車に潜り込んでゴミまみれになって仲直り
・ベッドで札束まみれになって仲直り
この二人は水やゴミや金に「まみれる」と仲直りするようですw。
このキャロルという女性、一人で生き抜く力はなく、無意識のうちに男の気を引く行動をしてしまう女のようです。女の武器を活用して世を渡ってきたのでしょうか、もう隙だらけで脇が甘いにも程があります。そのせいで常に夫の足を引っ張ってしまいます。いつも口を半開きにしたような表情、細身の身体でフラフラと頼りなげに歩く姿、駅のベンチに一人残された際の捨て犬のような風情、そんな演技でキャロルを演じたアリ・マッグロー、秀逸です。
一方のマックィーンはいつものマックィーンでした。「感情を表に出さないタフガイ」なので、心のなかでは妻に対し疑心暗鬼に陥っていても、クールな顔で飄々としている演技です。
ではこの無表情のタフガイの内面の苦悩をどう表現するか。ここがペキンパー監督の腕の見せどころで、監督は機械が人間をギリギリと締め付けるような、神経を逆なでするような演出(刑務所の機織り機とか、ゴミ収集車とかのクローズアップと耳障りな機械の騒音など)を多用し、見事な効果をあげています。
映画のラスト、多くの血が流れた殺伐とした雰囲気が、いきなりガラリとテイストを変えます。老農夫のトラックに相乗りしメキシコ国境を越える3人。この老人はたぶん神様です。
「おまえら、夫婦?そうか、夫婦か。そりゃなにより。わしなんか、丈夫な古女房一筋さ。今のわしは全てあいつのおかげさ」
年収5000ドルしかないのに人生の充足を語るユーモラスな神様の言葉で改心する二人。あらゆる既成概念や道徳に反発し「自分がルール」でタフに生きてきたであろうドク。でも結局はより大きな権力者にすがり、その挙げ句妻を寝取られた挫折感。夫に頼れず、一人寄る辺なく生きざるを得なかった妻。そんな二人は右往左往の末に古典的で保守的な夫婦観に回帰しハッピーエンドで映画は終わります。二人が破滅するラスト案もあったらしいですが、スティーブ・マックイーンが却下したそうです。さらに映画の外でも、当時独身だったマックィーンと既婚者だったマッグローは実際に恋に落ち結婚しますが、78年に離婚しています。神様の助言の効果もそう長くは続かなかったようです。
夫婦②:クリントン夫妻
夫:ハロルド・クリントン(ジャック・ダドスン)
妻:フラン・クリントン(サリー・ストラザース)
ドクと組んで銀行を襲ったルディ・バトラー(アル・レッティエリ)は金を独り占めするために仲間を裏切りますが、ドクに返り討ちにされ怪我を負います。金とドクへの復讐のための追跡劇が始まりますが、その途中でクリントン夫妻の家に押し入ります。銃で脅して怪我の治療を強要するルディ。渋々指示に従う夫。それはいいとして、なぜか妻は「なんでも指示通りにするわ…」と媚を売ります。ルディのピストルをいやらしく撫で回します。夫は運転手、妻は情婦として追跡劇に参加させられてしまいますがなにしろ妻がノリノリです。夫の前でルディとイチャつき、耐えかねた夫は首を吊ってしまいます。それを見た妻はペットの猫の名前を「poor Harold」に変えてしまいます。
クリントン夫妻の抱えた問題は明示はされませんが、おそらく夫ハロルドの「不能」ではないでしょうか。そこに男性的な犯罪者が闖入してきたことで、夫婦のバランスは決壊し、関係は一気に破綻します。普通の主婦だったはずの妻の邪悪っぷりにドン引きです。ペキンパー監督の女性観が透けて見えるようで、大変興味深いキャラでした。この奇妙な女を演じたサリー・ストラザース、身体を張った熱演です。
1972年当時の「アメリカの夫たち」が抱えていた問題、その一つが「妻の不貞への恐怖」でありもう一つが「去勢への恐怖」だったのでしょう。表面上はアクション映画ですが、本当のテーマは「アメリカの夫婦の危機」であり、夫たちの「心の奥に隠した屈託」だったように思います。妻の浮気に苦しむマックイーンの姿、新鮮でした。
・切れ者のはずのドクですが、変装もせず街をうろついたり、のこのこ定宿に泊まったり、意外とドジっ子だとか
・キャロルから大金をだまし取った若い詐欺男が間抜けすぎるとか
・カーチェイスシーンがいま観ると陳腐だとか
・ゴミ収集車の中でもみくちゃになったのに次のシーンでは服がきれいにクリーニングされてるとか
・悪役たちはみな間抜けばかりで皆殺しされちゃうとか
・最後に神様みたいなジイさんが都合よく現れるとか
・クインシー・ジョーンズの音楽がミスマッチというか、あんまり印象に残らないとか
・編集権を奪われて激怒したペキンパーがヒットしたのでマックィーンと仲直りしたとか
いろいろ突っ込みどころも多い映画です。