ゲームの規則

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解説

狩りに集まった上流階級の恋愛遊戯を描く社会風刺劇。ミュッセの戯曲『マリアンヌの気まぐれ』に想を得て、ジャン・ルノワール監督自身が脚本を執筆している。撮影はルノワール映画常連のジャン・バシュレ、音楽はロジェ・デゾルミエール、美術はのちに米英で監督になるユージーン・ローリー、衣裳はココ・シャネルが担当。出演はマルセル・ダリオ、ノラ・グレゴール、ローラン・トゥータン、ジャン・ルノワール、ガストン・モドなど。

1939年製作/106分/フランス
原題:La Regle du Jeu
配給:フランス映画社

ストーリー

ブールジェ飛行場に到着した飛行家アンドレ・ジュリユー(ローラン・トゥータン)は、熱狂した群衆に迎えられた。彼は大西洋を23時間で横断したのだ。しかし、彼は差し出されたマイクに「自分がこの冒険に挑んだのはある女性のためだったが、その彼女が出迎えに来ていない」と不満を表明した。その女性、ラ・シェネイ候爵夫人クリスチーヌ(N・グレゴール)は、パリの邸で小間使いのリゼット(ポーレット・デュボー)に着替えを手伝わせながら、そのラジオ放送を聞いていた。夫のロベール(マルセル・ダリオ)を含め、二人の仲は社交界で周知の事実なのだ。ロベールもまた、愛人ジュヌビエーブ(ミラ・パレリー)と秘かに関係を続けていた。アンドレの親友であり、クリスチーヌの相談相手でもあるオクターブ(ジャン・ルノワール)は、クリスチーヌに働きかけ、ラ・シュネイ家の領地コリニエールで催される狩猟の集いにアンドレを招待させる。コリニエールの密猟監視人シュマシェール(ガストン・モド)は妻のリゼツトと別居しているのが不満の種だが、ある日、密猟人のマルソー(ジュリアン・カレット)をつかまえる。そこに通りかかったロベールは、マルソーが気に入り使用人としてやとうことにした。狩猟の日、ジュヌビエーブと別れることにしたロベールは彼女と別れのキスを交す。それを偶然に目撃したクリスチーヌの目には、密会のようにうつった。翌日、クリスチーヌは彼女に愛を打ち明けるサン=オーバン(ピエール・ナイ)と姿を消し、アンドレはサン=オーバンを殴る。台所ではマルソーがリゼットを口説いているのをみて、シュマシェールが追いかけまわす。候爵はクリスチーヌとアンドレが抱き合っているのを見つけ、アンドレを殴り倒した。大混乱のあと、平静を取りもどしたロベールはアンドレと和解し、騒ぎをおこしたシュマシェールとマルソーを解雇した。解雇された二人が庭で話しあっていると、ベランダにオクターブとリゼットの姿が見えた。実はそれはリゼットのマントをはおったクリスチーヌだった。クリスチーヌはオクターブに、自分が本当に愛しているのは貴方だと打ちあけた。二人は一緒に逃げる約束をし、オクターブはコートを取りにもどる。しかし、リゼットにたしなめられ、アンドレに出くわしたオクターブはコートを彼に渡した。嫉妬にかられたシュマシェールの銃が火を吹き、アンドレはその場で息絶えた。ロベールは、この事件を、仕事熱心な密猟監視人が職務に忠実なあまり起した事故として処埋。お客も何事もなかったかのように、それぞれの部屋に引き返すのだった。

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映画レビュー

5.0完全無欠とはこの映画の事を指す!

koukiさん
2022年3月28日
Androidアプリから投稿

ジャン・ルノワール監督による世紀の大傑作。
大戦前夜の上流社会をドラマチックに、しかし、その存在自体を嘲笑うかのように描いており、悲劇と喜劇がすばらしい配合で滲み出ている。

これはチャップリンの映画と少し似ており、恐らく彼の黄金期の芸術(「巴里の女性」、「街の灯」など)に唯一匹敵しうる作品である。

飛行士が思いを寄せる人妻とその夫との三角関係をベースに、夫の断ち切れぬ不倫相手、監督自ら演じる狂言回し的役柄の男、さらには猟場に忍び込んだ男と召使いの女(彼女の夫は猟場の監視である)とのロマンスを絡め、彼らを形容し難いほど無様に、滑稽に、しかし劇的に描く。
ピエロ的役割の大部分を担っているのが召使いたちだが、ラストの喜悲劇的エンディングを生み出すのもまた彼らなのである。

私が見た限りでは脚本、演出、カメラその他は全てにおいて完璧であり、この名作は映画の手本と言える。
・・・が、これに習い、この映画に近い完成度を持つ作品はあまりにも少ないように思える。

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kouki

5.0世界映画史上のベストテンに選ばれるべき、ジャン・ルノワールの傑作

Gustavさん
2021年7月13日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

私にとって、ジャン・ルノワール監督は難物である。「大いなる幻影」を初めて観た時など、何故感動出来ないのか不甲斐ない苛立ちを覚えた。素晴らしい映画であると全面的に認めながら、映画狂の愛情をもってしても、納得できる反応が生まれてこない忌まわしさは、それまで全く経験が無かったため強烈な記憶として残ってしまった。そして、今度はルノワール監督の最高傑作「ゲームの規則」である。私は、特に後半の展開にある映画の盛り上がりに、ため息交じりの感嘆を何度も反芻しながら、それは同じフランスの巨匠ルネ・クレールの畳み掛ける場面展開の見事なリズムとテンポの演出力に類似しながらも、この映画の本質に自分は深入りできないと意識した。それは「大いなる幻影」の初見の時に感じたルノワール監督の人間の器の大きさ、映画監督としての寛容さに圧倒されたことに関わる。この作品を支配するルノワール監督のこころの豊かさ(巨大な温もり)に、どっぷりと入り込めない。それは、私と言う存在がそれを享受するに相応しくないとする、自己批判を生む。また、フランソワ・トリュフォーは、ジャン・ルノワールを世界で最高の映画作家と断言している。これまでの私的な映画遍歴をもって、トリュフォー監督がルノワール監督の偉大さを尊敬することが、充分に理解できる。
どうも私という映画の僕(しもべ)は、映画は誰にでも理解できる表現で創造されなくては成らないと根底から考えているところがある。そうでなければ、チャールズ・チャップリンとジョン・フォードを映画の神様と決めつけないであろう。ルノワールの作品に対して、今満足な感想を記すことは不可能だ。ルノワールの映画は、私が狂喜し感動しても、饒舌になる世界と違っている。救いは、3年前にテレビで完全版の「大いなる幻影」を再見出来たこと。この時は感動のあまり涙を浮かべた。そして、この作品には、感動のあまり言葉を失った。

  1980年 2月29日  フィルムセンター

1939年の制作年から43年経った1982年に漸く日本公開された。その2年前にあたる日本未公開時点のこの版は上映時間1時間29分で、完全版より17分短い。それでも凄い作品と感銘を受けたことは事実。世界の映画史上のベスト10に選ばれるべき傑作と思う。この年のキネマ旬報のベストテンでは、旧作ながら淀川長治氏がベストワンに選出している。
僭越ながら作家論みたいなことを言わせて貰えば、”ほとんどの芸術家は貪欲であり、そうでなければならないと思うが、ジョン・フォードとジャン・ルノワールだけは違う”と世界の様々な映画監督の作品を観てきて私が辿り着いた一つの結論があります。

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Gustav

4.5コメディタッチからいきなりの悲劇、でも何もなかった様に社交パーティーは終了

Kazu Annさん
2021年3月16日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

貴族達がどいつもこいつも浮気していて、更にそこに、使用人たちの恋愛模様も絡んでドタバタ劇が展開。そこに、生真面目で一途な恋心抱く飛行機乗りの英雄が入ってきて、間違われたとは言え、まるで異物の様に撃ち殺されてしまう。このドタバタ劇から惨状への落差のあるストーリー展開はお見事だと思った。

貴族達によるうさぎ狩りで、何匹もあえなく撃ち殺されてしまう様が執拗に描かれていたが、その映像が後の悲劇を予見しているのも上手い。また、奥行きのある画面の手前と奥で三角や四角関係を見せつける映像も新鮮に感じた。

最後、ヒトが一人死んでいるのに関わらず、事故ということで、何でもない様に片付けられパーティは終了となるのも貴族社会なるものへの皮肉が効いている。ジャン・ルノワール監督自身が俳優として主演に近い役で出てるが、良い味を出していて驚かされた。

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Kazu Ann

4.0社会構造の変遷の予告

あき240さん
2019年7月11日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:VOD

主にフランスはパリ郊外のコリニエールの別荘の宏大なお屋敷に野狩に集まった上流階級の人々と、そのお屋敷の使用人達のお話です

侯爵夫妻のW不倫のお話を軸に、奥様付きの侍女も色々とお騒がせで上も下も騒動が持ち上がるというもの
たいしたお話ではありません

題名のゲームの規則とは、社交界のラブゲームのお約束ごとのことです
嘘こそが社交界の規則であると監督自身が演じるオクターブが語ります
つまり監督は虚構こそが上流階級の実態であると語っているのです

終盤に英雄が、まるで野狩で撃ち殺される兎のように粗野な森番の猟銃で呆気なく撃ち倒されます
長い野狩シーンはこの殺人シーンのためにありました
英雄はご丁寧にも毛皮のコートを手にしています

将軍は侯爵が事故として事件を処理したことを肯定してこう語ります
階級を守ったのだと
このような人間は今にいなくなるだろうとも

本作は1939年の製作ですから第二次世界大戦突入の直前の作品です
本作で描かれた社会階級は戦争を経て将軍の予想した通りになったわけです

ラストシーンはそのお屋敷から去るのは、上流階級でもなく、その使用人でもない二人の人間です
オクターブとオスカー、その二人の人間は戦後の人間と社会を象徴し予告していたのです

つまり本作はドタバタコメディの娯楽作品の体裁でありながら、実はこのような社会構造の変遷を予告していたのです
本作が高く評価されている意義はそこにあるのではないでしょうか?

カメラワークが面白く独特です
長回しのパンショットで役者を追いかけます
その映像には奥行きをつけてあり、前景の役者の芝居を写していながら、背景に別の役者達が別の芝居をはじめています
カメラが切り替わって、今度はその背景の役者達が前景となり、また長回しのパンショットで歩き回るのを追いかけます
この繰り返しで、常に画面には前景と背景の二つの芝居が同時に進行してスムーズに繋がって物語が途切れなく続いて行くわけです
このようなカメラの働きで、観客の注意をそらすことなく最後まで退屈せず厭きずに観させてくれるのです
監督の力量はやはりただ者ではないと思いました

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あき240
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