「フィルム・ノワールの最後の傑作」黒い罠 neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)
フィルム・ノワールの最後の傑作
オーソン・ウェルズ監督・主演作。メキシコとアメリカの国境の町で起きる爆破事件を発端に、腐敗した警察官クインランと、メキシコの麻薬取締官ヴァルガスの対立を描いた作品です。
冒頭の異常なロングテイクはあまりに有名ですが、本作全体に特徴的なのは、極端に歪んだ広角レンズや斜め構図の多用です。単なる犯罪の不気味さを演出するというよりも、「世界そのものが歪んでいる」「秩序が崩壊しつつある」という視覚的感覚を観客に直接与えてきます。この不安定さが映画全体を支配し、カタルシスを奪う方向へ作用しているように思いました。
一方で、麻薬や暴力の描写は当時のヘイズ・コード下の制約が色濃く出ています。ジャネット・リー演じるヒロインは誘拐され恐怖に晒されるものの、直接的な暴力や性的被害の描写には踏み込んでいません。1958年という時代において、それ以上を描くことは不可能だったのだと思います。逆説的に、その抑制が不安を余韻として残し、作品の不穏なムードを強めています。
全体として、『黒い罠』は「フィルム・ノワールの最後の傑作」であると同時に、「アメリカン・ニューシネマの始まり」を予感させる作品に見えました。正義と悪が単純に切り分けられず、腐敗と正義が混ざり合い、観客に判断を委ねる。まさに戦後アメリカが「絶対的正義の時代」を終えて、価値が相対化していく転換点を映し出しています。
映画史的な意味合いは非常に大きい一方で、観客の体験としてはカタルシスに乏しく、不安や不穏さを残す作品だと感じました。
鑑賞方法: スターチャンネルの録画
評価: 81点
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