仮面の米国のレビュー・感想・評価
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仮面でもあり真相でもある米国
一度囚人とされれば鎖に繋がれる一方、素性が知れなくとも実力があればのし上がれる。悪人は物のように扱われて当然という粗野な感覚と、人格の陶冶の可能性を信じるという高潔な市民社会とが併存する。アメリカとは正体不明な国であるとつくづく思うが、そこには常に、鉄道や橋といったインフラがつきまとう(囚人として鉄道を敷設し、脱獄囚として鉄道で北上し、橋の建設で名を上げる)。インフラこそが、アメリカ(もしくは国家)に個人を根付かせるものなのかもしれない。
理不尽な世界への力強い批判。「ショーシャンクの空に」の比ではない。
監督のマービン・ルロイは「犯罪王リコ」などの優れたギャング映画を制作し、ほとんどリアルタイムで暗躍していた彼らの世界を(検閲を上手くかわしながら)描いていた。
この「仮面の米国」は、世界の暗部を描く能力に長けていた彼だからこそ、ここまで生々しくそれでいてドラマチックに仕上げられたのだろう。
ポール・ムニ(「暗黒街の顔役」でギャングを演じた)演じる帰還兵の男は無実の罪で投獄され、そこでこの世のものとは思えないほどの地獄を味わう。
十数時間の肉体労働、汗を拭う仕草さえ許可を得なければ鞭で打たれるという理不尽な仕打ち…。
耐えかねた彼は脱走し、別人として生きていこうと決意する。
ここまでのおよそ30分は映画でしか味わえない独特なテンポで進行してゆく。
刑務所内で知り合った男や、親切な娼婦に助けられ、彼はついに、ある建築会社の重役へと上り詰める。だが、嫉妬深い一人の女によって彼の正体は警察に密告されてしまう。
新聞や良識ある民衆の訴えも虚しく、男は刑務所に戻され、さらに"90日間の簡単な拘束"という条件は破られる。怒り、悔しさ、絶望が頂点に達し、声を押し殺して泣く彼を見て、やり場のない怒りの感情が我々にも込み上げてくる。
男は2度目の脱走を企て、スリリングな逃亡劇の末、ついに逃げ切る。
ここでその後を暗示する終わり方をしても傑作となっただろうが、本作はすべてにおいて、我々の予想を大きく上回る。
脱走し、ある夜、以前から惹かれ合っていた女性と数年振りに再開したまではいいのだが、警官を見かけるたびにその場から逃げ、外出するのは夜中だけという生活に嫌気がさし、(彼女はプロポーズを期待していたのだろうが)男は一人でどこか田舎へ逃げるよと彼女に告げる。
あ然とする女性。そしておそらくは映画史上最高の批判的エンディングを迎える。
彼女は困惑し、「でも…どうやって生きていくの?」
暗闇からの返答は居場所を失った男の叫びであった。
「盗むのさ!」
チェイン・ギャング制度を否定し、"社会"に真っ向から立ち向かった本作は俳優の演技、ドラマチックなプロットに支えられ、不滅の傑作という確固たる地位を獲得した。
原作者ロバート・バーンズの実体験に基づいて制作されたこの物語は、1932年の映画とは思えないほどのリアリティを持っており、囚人と彼らを鞭で打つサディスティックな監視を対比し、明らかに後者を”悪"として描いているのも斬新だ(囚人に同情を寄せる映画は当時皆無であった)。
後年の「ショーシャンクの空に」でも提示されたテーマだが、刑務所という場所の在り方、出所者(或いは不当な収監による脱獄者)への配慮のなさを強烈に批判した社会派映画の傑作。
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