劇場公開日 2024年8月2日

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「「ほのぼのと フェイクと放射線に殺されてゆく 悲しみと恐ろしさ」」風が吹くとき きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0「ほのぼのと フェイクと放射線に殺されてゆく 悲しみと恐ろしさ」

2024年8月12日
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鑑賞方法:映画館

老夫婦の最期を直視させる永遠の名作。
「スノーマン」の絵本画家が作ったアニメーションです。

もう少し緊迫感のある「核戦争当日の光景」を疑似体験したいなら、タルコフスキーの「サクリファイス」をどうぞオススメします。

このアニメーション映画「風が吹くとき」は、
のんびりとゆっくりと、引退した老夫婦が田舎暮らしを楽しみ、二人で仲睦まじくお喋りをしながら、お茶を頂きながら、
そして死んでいく悲劇を描きました。

「この世界の片隅に」のコンセプトに近いかもしれません。ごくごくありふれた日常を生きる庶民は、どのようにして戦争に巻き込まれ、そして死んでいくのかを 淡々と見せてくれます。
それだけに画面が残酷です。

国家への 信従と もう従。
緩慢な死。
倦怠、頭痛、嘔吐、下血、紫斑。
そして、じゃがいも袋の中の2つの遺体・・

シェルターの作り方や、非常食準備の指南は、夫ジムが手にしていた「小冊子」=あの頃イギリス政府が実際にパンフレットとして国民に配布していた「現物」が、脚本にそのまま使われているそうです。

+ +

「戸板を立てかけたシェルターで核戦争を生き延びましょう!」とイギリス政府が宣伝した「あのパンフ」を見て
僕が思い出したのが、
【長崎で8月10日に撮られた一枚の写真】でした。

その写真は、当時、日本軍西部軍報道部カメラマンであった山端庸介(やまはた・ようすけ)氏によって、長崎の原爆の翌日、1945年8月10日(金曜日)朝に撮られたものです。
アメリカの雑誌「ライフ」にも、「ラッキー・ガール」というキャプション付きで掲載されました。

これで検索してみて下さい ―
【被爆直後に撮られた、防空壕の「ラッキー・ガール」は、まったくの創作写真だった】

日本軍のお抱えカメラマンが撮ったフェイク写真。
日本政府もアメリカ政府も、国民の核戦争への恐怖感情と拒絶反応を鎮めるために、こんなに「ほのぼのとした笑顔の写真」を使う。

戸板をかぶせた地面の穴に入れば、ほれ、この通り、美人のお嬢さんは無傷ですよ!
だから原子爆弾も、原爆の製造も、核実験も、そんなには怖くないのだよ!とフェイクします。
「ライフ誌」の効用としては、この写真は、米国内での原爆投下への批判を抑え、原爆の残虐イメージの低減に組みすることになったでしょう。

けれどこのラッキーガール=園田早苗さんは、被爆から15年後、昭和35年に白血病を発症し、離婚し、その数年後51歳でひっそりと亡くなっています。
『熊本日日新聞』昭和54年1月に「ラッキーガール」の死亡記事。

「風が吹くとき」は、ほのぼのしていますが、このアニメーション映画の公開のあと、英国政府はこのパンフレットの配布を止めたとWikipediaは伝えています。

国が殺すのは敵だけではない。

+ +

館内はお客さんはたくさん入っていましたが、明かりが点いてもなかなかみんな立たなくて、
押し黙って、一人ずつ、映画館から、重い足で外へと出ました。

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《追記》
岸田総理が引退するけれど、
あの人が各国の首脳たちを広島の「原爆記念資料館」に連れて行ったのは世紀の大事業。
最大の功労だったと思います。
よくやった。

きりん
momokichiさんのコメント
2024年9月30日

コメントありがとうございます。

>岸田総理が引退するけれど、あの人が各国の首脳たちを広島の「原爆記念資料館」に連れて行ったのは世紀の大事業。最大の功労だったと思います。

そう言われてみればほんとそうですよね。この映画を観てなおさら「知ること」の重要性を痛切に感じました。

>長崎のラッキーガールの写真

恥ずかしながらはじめて知りました。お教えいただきありがとうございました。私も「知ること」を進めねば。

momokichi
きりんさんのコメント
2024年8月18日

kossyさん
いやいや、そうでもない。
「嫌がる核保有国の大統領たちを、無理矢理 資料館に連れていくスケジュール」を組んでしまうのは、けっこうこれは外交政治の賭けだったと思います。
岸田さんは地盤は広島だけど育ちも家も東京。それでも彼はヒロシマに心が繋がっていたんだと。

長崎の平和祈念式の「あの大量欠席」を見れば、逃げられないように捕まえておいて資料館に連れて行った、あの岸田さんの ある意味KYな図太さはすごいと思った次第。
フランスのマクロン大統領は、帰国前にもう一度プライベートで資料館に引き返しましたからね。

きりん
kossyさんのコメント
2024年8月18日

岸田さんは広島県出身だから楽勝でしょ・・

kossy
りあのさんのコメント
2024年8月17日

共感ありがとうございます。
岸田総理、各国首脳を原爆資料館に連れて行ったのは良かったですね。
広島選挙区出身として頑張った大功労者だと思います。
同意です。

りあの
Mさんのコメント
2024年8月15日

きりんさんの備忘録もとてもインパクトの強いものでした。ありがとうございました。

M
Mさんのコメント
2024年8月15日

ラッキーガールの件、初めて知りました。この後、検索してみます。情報ありがとうございました。

M
きりんさんのコメント
2024年8月14日

忘備録。

東日本大震災で福島第1原発が暴走・爆発したとき、
僕は仕事の車を走らせながら、夜間の、NHKラジオの定時ニュースを聞いていました。
そこで非常に興味深い現象をこの耳で聞きましたので、忘備録としてここに記しておきます。

IAEAの調査で、自動車のエアフィルターからプルトニウムが検出されたが ― (という前置きで)
①AM0:00のニュース
⇒「プルトニウムの放射線は紙一枚の厚みで遮ることが出来ますが、半減期は35000年です」

1時間後
②AM1:00のニュース
⇒「プルトニウムは、半減期は35000年ですが紙一枚の厚みで遮ることが出来ます」

その1時間後
③AM2:00のニュース
⇒当ニュースの原稿朗読 無し。

きりん
きりんさんのコメント
2024年8月12日

本作は大島渚が国内編を監修したとのこと。
黒澤明も核実験についての映画を撮っています
「生きものの記録」三船敏郎主演。

きりん