「忘れえぬ記憶」かくも長き不在 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
忘れえぬ記憶
記憶喪失となっても、なお、蘇る記憶。
なんということか。心臓がえぐり取られたような感覚になる。
「泣ける」その言葉の薄っぺらさよ。
2度以上の鑑賞をお勧めする。
1度目は、女主人公・テレーズ目線。
その男は、果たして自分の夫なのか?夫に違いない。でも…。
狂信、弱気…、その心の揺れ動きに胸がわしづかみにされる。
そんなテレーズにプライベート空間まで侵入されつつも、優しく応じる男。
そんなテレーズを心配し、一緒に真偽を確かめようとする人々。
そんな顛末が涙を誘う。
2度目は、男主人公・浮浪者目線。
彼に染みついている”記憶”を念頭に置いて鑑賞しなおすと、映画の冒頭から、”あの”記憶は生活の中に潜んでいる。
突然の訪問者に、他に人がいないか確かめる様子。
狭い部屋に入れない様子。
感極まっての大声に怯える様子。…
そんな彼の生活が痛ましく、胸をかきむしられる。
だが、周りの人々は彼の心情をわかりはしない。
PTSDなんて言葉が世間に知られるだいぶ前。
16年。
我が身に振り返れば…。
新婚の頃の気持ちはとうに変わり、子育て・姑等の問題から、熟年離婚も頭をよぎる頃。
体型も変わる。
好みも若いころの肉食系から和食が嬉しくなる。
何をもって、同一人物とするのか。
浮浪者。私の偏見。教養がなく問題行動があり、定職に就けない人々。
だが、この映画に出てくる彼は、
オペラに震え、
招かれたディナーに、贈り物を持参し、
我が身が正装でないことを気にする。
そして、ダンスのホールドの様。
優しくされても、その優しさに付け入ろうとしない志の高さ。
それなりの教養人であることを示す。
そんな人の今のこの生活。
恐怖政治の傷跡。
暴力で人を支配する世の中。
そんなことが二度とあってはならない。
そう思う。