「ピーター・オトゥール❤️映画館で再会 加筆」アラビアのロレンス talismanさんの映画レビュー(感想・評価)
ピーター・オトゥール❤️映画館で再会 加筆
2020年9月7日。
久しぶりの再会。やはりIntermissionが入った。昨日は早く就寝、今朝は早起きして朝焼けを見てシャワーを浴び朝食をしっかり食べ、エアコン対策&水持参と万全の気合いで行ってきました。
忘れていた箇所もあったが覚えているところも結構あったのが意外だった。でも、ロレンスの苦悩は高校生の時は全くわからなかった。
前半と後半でロレンスはかなり変わる。髪も変わる。行動も変わった。自分が所属し帰巣する共同体、社会、文化はどこなんだ、自分の肌の色の為に好色の目に晒されたこの自分はアラブの衣装を纏ってアラブの友と一緒に歩いていたのに。「肌の色」を意識するのはそれが黄や赤や黒の時。でもそれが白で「美しい」ことで鞭で打たれ逆の世界を痛みで知ったロレンス。昇進していくに従って彼の気持ちはどす黒くなっていく。
部族間でいがみ合っていてはだめだ、対トルコでまとまってアラブ共同戦線をはっていたのに、実は裏で王子ファイサルとイギリス、フランスは繋がっていた(自分のこの理解が正しいかわかりません)。爺さん達は早く引退したいとうそぶきながら「平和」への話を進めていく。砂漠に行って持てる知識を総動員させて実行し、命を大切にすることを行動をもって実践し、相手の懐に入って信頼を勝ち取った青年は自分のアイデンティティ、与えられた使命と貢献の意味に苦悩する。ロレンスの弱点でもあり素晴らしいと思える点は、自分の感情を鏡のように自分で見て明確に意識化できることだ。結果的に煙たがられ蚊帳の外におかれ、欲しくもない昇進シールを沢山貼られてほっぽり出される。
ピーター・オトゥールは英国軍の制服を着ているときはとても変な歩き方をする。この映画に限らないけれど。フワフワと斜め。腕もその長さをもてあましているかのようにピョンピョンしてる。
ロレンスは教養があって複数の言語ができるインテリでエリートでなおかつ父親は貴族。それが彼にとってどうでもよいことなのか自明のことなのかはよくわからない。一人の命を一人で救い出した最初のロレンスと後半のロレンスはあまりに異なる行動をせざるを得なくなってしまった。
イギリス人の英語とアメリカ人記者の英語で、英米の言葉の違いは自分でも少しだけにすぎないがわかった気がする。イギリス英語には遠まわし表現と皮肉とユーモアが漏れなくついてくる。めんどくさい!でも発音はイギリス英語の方が好きだと思った。そのアメリカ人記者に聞かれた2つの質問の二つ目が「なぜあなたは砂漠に魅了されるのか」。それにロレンスは、cleanだからと答えた。ここだったんだ。
オマー・シャリフ、アレック・ギネス、アンソニー・クイン、ホセ・ファーラーの堂々たる風貌。これだけ立派な顔立ち、今、世界のどこに居るんだろう。
泣いてないけど泣けてきた。理由は、好きだけどこんなに長い映画、映画館であと何回見ることができるんだろう、これがピーター・オトゥール=ロレンスを見る最後かなと思ったから。
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長くて喉が渇く映画だけれど、大きな映画!砂漠ばかり見てるから本当に喉が渇いた。高校生位の頃に見たけれど、休憩時間が入ったのはフィルムを巻くため?観客にとっては水分補給のための休憩だった。今はデジタルだから休憩ないのかな。
砂漠は清潔だ、というのは、この映画で聞いたのだろうか。
ピーター・オトゥールの金髪と青い眼に魅入られました。それからずっと好きでした。数年前に亡くなって悲しかった。
『戦火の馬』と『完全版』へコメントをありがとうございました。
居場所と言うのは私の言葉ですが、talismanさんのレビューにある「自分が所属し帰巣する共同体、社会、文化はどこなんだ、~」と似たような意味です。アイデンティティというか、帰属意識というか。
ヨーロッパの何枚舌外交は、領主・貴族にとって、当然の処世術だったと、塩野七生さんの『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』だったか、イタリア史に関する塩野さんへのインタビュー記事かで読みました。
多数の領主が乱立していた頃、自国の勢力拡大、もしくは自国維持のために、あちらにはこう、こちらにはこうという顔を見せ、約束をし、切り抜けてきたとか。イギリスも海峡を挟んでいながら、フランスとの婚姻関係を含む、勢力争いは長いし、そもそもイギリスは”連邦”でアイルランド・アイスランド・ウェールズと国内もいろいろあるので、そういう能力が発展しているのでしょうね。
日本は、本音と建て前を使い分けるといいながら、塩野さんに言わせると、talismanさんのおっしゃる通り赤ん坊なのだそうです。戦国時代の領主たちは、二枚舌を駆使していたと思いますが。
そういわれてみれば、現代の日本外交って、USAの大統領が変わると尻尾を振りに参内するのが定番で、塩野さんの言葉に納得してしまいました。
そういう点では、ロレンスが、アラビアの中で、自分たちの利益で争っているうちに、ヨーロッパが漁夫の利を得てしまうことに焦っていたのは、けだし、ご明察といったところでしょうか。
ロレンスやアリ、もしくは王子が、本当の意味でアラビアを統一できていたら今また違う展開になっていたのかな。でも、そのためには、終盤、アリが政治に目覚め、ヨーロッパに目を向けたように、そういう首長が何人か現れないと難しいのかなと思いました。
talismanさんのレビューも読み応えあり、おもしろいです。いつも参考にさせていただいています。ありがとうございます。
完全版の私のレビューに共感とコメントをありがとうございました。
私は通常版を見ていません。
完全版DVDの解説には、監督自らの再編集で、音声が残っていなかった部分は、オリジナルキャストが再録音したとか。楽曲も再編成されたとか。
どこが足されたのかわかりませんが、キャストの声も四半世紀以上たっていると気が付かぬくらいに変わらず(私の耳が疎いだけ?)、役者のすごさに驚きました。
そこまでした完成版ですが、通常版とどのくらい印象が変わるのでしょう?通常版も見たくなりました。
ロレンスの英国軍制服を着ているときの挙動不審、「ここは僕の居場所じゃない」感すごかったですね。DVDの解説によると、制服のサイズをオトゥール氏にあわないものにしたのだとか。でもそれだけでなく、演技も見事でした。
出自は貴族ですが、婚外子と映画で言っていた(通常盤にはないのかな?)。その辺が、英国の中に居場所を見つけられずに自らの命を顧みない英雄志向の言動に繋がるのかなと思いました。
夢破れた様を見るのでちょっと辛いですが、でも繰り返し見たくなる。すごい映画だと思います。
今晩は。
”ピーター・オトゥールの金髪と青い眼に魅入られました。”
そうですね。金髪、碧眼のピーター・オトゥールの今作での(僅か30歳!)の美しさは魅力的ですね。
只、この方はアイルランド人であり、その辺りの面白い話は、伊丹十三氏のエッセーに数々綴られています。
彼の人間性の豊かさが書かれていますよ。では。
talismamさんこんばんは
NOBUさん繋がりでまいりました。
砂漠は灼熱にして冷徹。湿り気や朧げなところが無く乾き切った世界。
cleanな砂漠の中にいるとロレンスのように自分の弱さ・汚さを見てしまうのかも知れません。
素晴らしいレビュー読ませていただきました。
僕ももう一度この映画観たいです。
オパールを見ると必ず「ロレンスの眼だ!」と思ってしまう きりんでした。
ゆっくりお休みください。伊丹十三さんのエッセイは私も大好きでした。特に女性の下着の箇所はうっとり読みました。まだ大学生だった私にとっては夢の夢でしたが、大人になってそのランジェリーなりに出会った時はやっと会えたね、でした。
今晩は
通常版と、完全版の違いが良く分かっていないNOBUです。
両方見たので、両方レビューを書こうと思いましたが、メンドーなので完全版の方に集約しました。
私は、伊丹十三氏のエッセイの全てのエッセーを愛読していますが、彼のピーター・オトゥールに対する想いは、エッセーの随所に書かれています。
久方ぶりに鑑賞すると、当時30歳だった!ピーター・オトゥールの男としての美しさに驚きます。私は彼はクイアだと初見時に思っていましたが・・。
面白い映画って、3時間越えても面白いんですよね。
けれど、昨晩鑑賞して寝不足です。では。
長いけど体感時間長く感じませんでしたね。
cleanだから、ですか。
ロレンスについて調べてみたくなりました。
名作だからまた何度でも上映するのではなかろうか。
talismanさん、コメントありがとうございます!
10時の映画館で逃したため、もうスクリーンじゃ見れないんじゃという不安があります。映画館で観られるとは羨ましいかぎりです。
今でも多言語の地域はいっぱいありますけど、とりあえず英語だけでも理解できるようにしたいっす!
talisman さん
「カミーユ・クローデル」にコメントありがとうございました、嬉しかったです。
本当にその通り。世の中の変化はものすごく遅い。少しは前進したのかと思いきや医大の女性受験生が性別で不合格にされていたことがバレたのはまだ昨年のお話でしたね。
音楽家シューマン亡きあと、残された妻クララにプロポーズをし続けた友人のブラームスですが、もしクララが求婚を飲んでいたらどうなっていたことやら。やはり妻、助手、家政婦の扱いになっていた恐れが(苦笑)。
クララは独り身を通して当時希有だった女性ピアニスト・作曲家としての人生全うしたんです。
(先日NHKFMで彼女の作品集を聴いて度肝を抜かれました)。
ではでは!