劇場公開日 1985年2月

「【100.1】アマデウス 映画レビュー」アマデウス honeyさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 【100.1】アマデウス 映画レビュー

2025年11月15日
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鑑賞方法:映画館

ミロス・フォアマン監督による1984年の映画『アマデウス』は、単なる伝記映画の枠を超え、芸術家が抱える「才能」と「凡庸」という根源的なテーマを、壮麗なオペラ的演出と深い心理描写によって高次元で融合させた、映画史における稀代の傑作である。
本作の完成度の高さは、まずその二重構造にある。一方は、神童ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの驚異的な才能と、彼を取り巻く享楽的な宮廷生活の華やかさ。もう一方は、その才能を理解しながらも自らにそれがないことに苦しみ、モーツァルトへの嫉妬と憎悪に身を焦がす宮廷音楽家アントニオ・サリエリの内面の暗いドラマである。この対比構造は、芸術における神の恩寵と人間の苦悩という普遍的な問いを観客に突きつける。
さらに、フォアマン監督は、18世紀末のウィーンを舞台に、史実とフィクションを巧みに織り交ぜる大胆な脚本と、豪華絢爛たる美術・衣装、そして何よりもモーツァルトの生きた音楽を劇中に一体化させた。音楽は単なる背景ではなく、登場人物の感情や物語の進展そのものを駆動させる。サリエリの告白という回想形式を用いることで、過去の栄光と現在の老いぼれた姿が交互に描かれ、物語に重層的な深みと説得力が生まれている。この構造的完成度、主題の普遍性、そして技術的な洗練は、本作を単なる「面白い映画」から「観るべき芸術作品」へと昇華させている。第57回アカデミー賞において、作品賞を含む8部門を制覇した事実は、この揺るぎない完成度を証明するものである。
🎬監督・演出・編集
ミロス・フォアマンの演出は、抑制と爆発の絶妙なバランスの上に成り立っている。サリエリの静かなる嫉妬と、モーツァルトの奔放で時には下品な才能の表現は、常に緊張感を孕んでいる。特に、モーツァルトがサリエリの拙い歓迎曲を一瞥で完璧な形に修正するシーンや、「フィガロの結婚」の初演に至る過程、そして「レクイエム」の作曲風景などは、芸術創造の神聖な瞬間を、劇的な演出によって描出している。
フォアマンは、18世紀ウィーンの退廃的な美しさと、モーツァルトの子供っぽい無邪気さを対照的に見せながら、観客を物語の深部へと誘う。オペラシーンの撮影においては、舞台上の壮大さと、舞台裏で進行するサリエリの陰謀という二つのドラマを同時に進行させ、映画的なダイナミズムを生み出している。
編集は、本質的に回想形式である物語を淀みなく繋ぎ合わせることに成功している。過去と現在、音楽とドラマがシームレスに交錯し、特に「レクイエム」の作曲シーンにおけるモーツァルトの苦悩とサリエリの狂気が、緻密なカットの連続によって表現されるクライマックスは圧巻である。これは、フォアマンの演出意図が、編集によって最大限に引き出された証左であると言えよう。
🎭キャスティング・役者の演技
本作のキャスティングは、主要な役柄において完璧な化学反応を生み出したと言える。特に主演の二人は、その後のキャリアを決定づけるほどの熱演を見せている。
• F・マーリー・エイブラハム(アントニオ・サリエリ)
サリエリを演じたエイブラハムは、嫉妬と敬愛という相反する感情に引き裂かれる、凡庸な芸術家の悲劇を深く、そして抑制された演技で表現した。老いたサリエリの後悔に満ちた告白と、若き日の権謀術数を巡らす宮廷音楽家の冷酷さを、同一人物の内に見事に同居させている。彼の演技は、才能あるモーツァルトに隠された凡人の苦悩と、神に抗う人間の傲慢さという、物語の哲学的な核心を具現化しており、その卓越した内面描写により、彼は第57回アカデミー賞で主演男優賞を受賞した。彼の、モーツァルトの楽譜を読む時の歓喜と絶望が入り混じった表情は、この映画の象徴的な瞬間の一つである。
• トム・ハルス(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)
モーツァルト役のトム・ハルスは、その特異な笑い声と、天才ゆえの傲慢さ、そして子供のような無邪気さを驚異的な説得力で演じきった。彼のモーツァルトは、世俗的な常識から逸脱した神童であり、その下品さや軽薄さの裏に、底知れぬ音楽的才能が脈打っていることを感じさせる。ハルスの身体的な表現、特に舞台上での躍動感と、晩年の精神的な衰弱の対比は、観客に深い印象を残す。エイブラハムとの二重受賞は逃したが、彼もまた主演男優賞にノミネートされるという高い評価を得た。
• エリザベス・ベリッジ(コンスタンツェ・ウェーバー)
モーツァルトの妻コンスタンツェを演じたベリッジは、夫の才能に振り回されながらも献身的な愛を注ぐ女性の姿を、時に現実的で強かに、時に脆く傷つきやすい側面をもって表現した。宮廷での振る舞いと、モーツァルトを支える妻としての複雑な心情が巧みに描き出されている。
• サイモン・キャロウ(エマニュエル・シカネーダー)
モーツァルトのオペラ「魔笛」の台本作家であり興行主でもあるシカネーダーを演じたキャロウは、陽気で俗っぽい舞台人のキャラクターを見事に体現している。モーツァルトの才能を利用しつつも、彼に惜しみない賞賛を送る興行師の姿は、劇中の明るい狂言回しとしての役割を効果的に果たしている。
• ジェフリー・ジョーンズ(皇帝ヨーゼフ2世)
オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝ヨーゼフ2世を演じたジョーンズは、音楽を愛するが故に凡庸な判断を下す権力者の姿を、威厳と同時に滑稽さをもって演じきった。彼の微妙な表情の変化は、サリエリの陰謀が宮廷内でいかに機能していたかを静かに示唆している。
📜脚本・ストーリー
ピーター・シェーファーによる脚本は、彼自身の戯曲を基に、史実の隙間を縫う鮮やかなフィクションを構築している。サリエリを狂言回し兼語り手とすることで、モーツァルトという光の天才を、サリエリという影の凡人の視点から捉え直すという手法が、ストーリーに深遠な哲学性を与えた。
物語は、サリエリが神に対して行った「才能の横領」という告白を中心に展開する。これは、モーツァルトへの純粋な嫉妬ではなく、「なぜ神は、私ではなくあの下品な若者に天賦の才を与えたのか?」という、神の摂理に対する信仰の破壊と怨嗟のドラマである。ストーリーテリングはテンポが良く、モーツァルトの傑作の誕生と、サリエリによる陰湿な策略がパラレルで進行し、観客を緊張の渦に引き込む。特に、モーツァルトの死後、サリエリが芸術の凡庸さを許す「凡庸の守護聖人」として振る舞うラストシーンは、皮肉と哀愁に満ちており、物語のテーマを完璧に締めくくっている。この脚本は、その独創的な視点と劇的な構成により、第57回アカデミー賞で脚色賞を受賞している。
🖼️映像・美術衣装
『アマデウス』の美術と衣装は、18世紀末のウィーン宮廷の壮麗な空気感を見事に再現している。色彩は豊かで、宮廷のボールルームやオペラハウスの豪華なセットは、当時の貴族文化の華やかさと、その裏にある退廃的なムードを同時に表現している。ロケ地として使用されたプラハの古い建物群は、ウィーンの街並みを再現する上で絶大なリアリティをもたらした。
衣装デザイナー、セオドア・ピステクによる衣装は、モーツァルトの時代にそぐわない派手な装いと、サリエリや皇帝の格式ばった宮廷服との対比が印象的である。特にモーツァルトの奇抜なかつらやフロックコートは、彼の型破りな個性を視覚的に強調し、コンスタンツェのドレスは、彼女の社会的地位の変化を反映している。これら美術と衣装は、単なる背景装飾に留まらず、登場人物の心理状態や社会的地位を雄弁に物語る役割を果たし、本作の視覚的な没入感を決定づけており、第57回アカデミー賞で美術賞と衣装デザイン賞のW受賞を達成している。
🎼音楽
本作の音楽は、主題であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの原曲そのものが使用されており、物語の魂となっている。フォアマン監督は、モーツァルトの音楽を単なるBGMとしてではなく、登場人物たちの言葉や感情を代弁するものとして扱った。特に、サリエリがモーツァルトの楽曲を聴き、その完璧な美しさに打ちのめされるシーンは、音楽の持つ超越的な力を最大限に引き出している。
劇中では、「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」といった主要なオペラのアリアや合唱、そして「レクイエム」などの宗教曲が、物語の転換点で効果的に挿入される。特に、サリエリが「レクイエム」の作曲を口述筆記するクライマックスは、モーツァルトの病的な才能の輝きと、サリエリの最後の協力者としての苦悩を、音楽を通じて表現する映画史上屈指の名場面である。
本作は、主題歌は存在しないが、サウンドトラックはモーツァルトの偉大な楽曲群で構成されており、時代を超越した芸術の力を観客に再認識させる。モーツァルトの音楽を劇的に用いる手法は、第57回アカデミー賞における音響賞の受賞へと繋がった。モーツァルトの音楽は、この映画の真の主役であり、その不滅の美しさが映画全体に荘厳なオーラを与えている。

ありがとうございます。
客観的な分析に納得いただけたようで良かったです。撮影・映像はS10で確定し、最終スコアは100.1となります。
作品[Amadeus]
主演
評価対象: F・マーリー・エイブラハム、トム・ハルス
適用評価点: S10
助演
評価対象: エリザベス・ベリッジ、サイモン・キャロウ、ジェフリー・ジョーンズ
適用評価点: S10
脚本・ストーリー
評価対象: ピーター・シェーファー
適用評価点: S10
撮影・映像
評価対象: ミロスラフ・オンドリチェク
適用評価点: S10
美術・衣装
評価対象: セオドア・ピステク
適用評価点: S10
音楽
評価対象: ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
適用評価点: S10
編集(減点)
評価対象: マイケル・チャンドラー、ネナ・ダルコヴィッチ
適用評価点: -0
監督(最終評価)
評価対象: ミロス・フォアマン
総合スコア:[100.1]

honey
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