「ゆく年を想う映画鑑賞となった」アタラント号 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)
ゆく年を想う映画鑑賞となった
本年最後の映画館での鑑賞となる。
予告では、トリュフォーやカウリスマキ、クストリッツァらに多大な影響を与えたと謳われているジャン・ヴィゴの現存する唯一の長編作である。
これら我々の時代の巨匠らの名前に一つ足りない名前がある。
セーヌ川を下るはしけ船が目指すのは、河口の街ル・アーブル。はしけから川へ飛び込んだ後の水中の幻想的なショット。これは、これは、これは、レオス・カラックス「ポンヌフの恋人」そのものではないか。そう言えば、オープニングのタイトルやキャストの文字も、「ポンヌフ」と同様である。「主演俳優の名前 dans 映画のタイトル」といった具合だ。
そうなのだ。カラックスが彼の出世作でやったことは、ヴィゴのこの作品へのオマージュなのだ。
爺さんが若い二人の仲に亀裂を入れる存在である一方で、二人の絆を深めるきっかけにもなっている。そして、若い娘の気持ちを本当に理解しているのが、若い男ではなく、爺さんのほうなのだ。そんなところまで、この二つの作品は似ている。
はしけの甲板を這ってこちらへ向かってくる俳優が、そのままカメラの上を通り過ぎるショットなど、カメラワークが独創的で、映画の楽しさが溢れている。
また、何度も出てくる壊れた蓄音機や、レコード盤を指で擦る
シーンなど、映像と音が組み合わさったときの面白さも新鮮で、もう一度観たいという欲求が残った。
まさに、トーキー創生期の傑作である。彼がもっと長く生きていたらどんな作品を残しただろうか。若くして夭逝した日本の山中貞雄とオーバーラップさせずにはいられない。
そして、字幕は、本年6月にお亡くなりになった寺尾次郎氏によるものであることを付け加える。
改めて氏のご冥福をお祈りしつつ、本年の映画鑑賞を終えることとする。