「「じれったさ」で演出する異常と、それを一掃するラストが印象的。」アイズ ワイド シャット すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
「じれったさ」で演出する異常と、それを一掃するラストが印象的。
○作品全体
順風満帆な人生を歩む主人公・ビルに忍び寄る、妬みを引き起こす幻想。普通に生活していればビルにとってはくだらない戯言だったのかもしれないが、妻から告げられる空想チックな感情と、現実と幻想の狭間にあるような夜の舞踏会に足を踏み入れることでビルの暗い感情が深まっていく。描かれる心の歪みは、じっくりとした時間で織りなす会話劇が根幹にあるように見えた。
キューブリック監督の前作『フルメタルジャケット』では会話のテンポ感とナレーションチックなモノローグが物語を進行させていた。挿入歌も多く、場面転換にも注意を引き続ける演出が印象的だった。
しかし、本作ではあえて物語の進行をスローにさせていたように感じる。そうすることで、ビルの中で蠢く感情やビルの周りで起こるトラブルの一つ一つを「一筋縄ではいかない」と思わせたかったのではないだろうか。
例えばビルが誰かと会話するシーンでは、一言ごとに沈黙を作り、カットを割り、会話の核の部分になかなかたどり着かないようにしていた。ビルを付け狙う舞踏会関連の黒幕の存在や、売春婦との関係だけでは解決できない感情の重みの表現だろうか。ただ、正直それが良い意味での「じれったさ」に繋がる場面は少なく、「テンポの悪さ」と感じることが多かった。
ただ、ラストシーンでその「じれったさ」が良い方向へ発揮されていた。家族をも危険に晒し、悩みに悩んだビルが、ようやく妻・アリスへ白状する。これからどう二人は関わっていけばいいのか…先行き不透明な展開の中でアリスが口にしたのは「ファック」の一言。二人の関係を解決する至極単純な回答。もはや下品さすら感じない明朗快活な答えは、本作に充満する「じれったさ」を一瞬で吹き飛ばすインパクトがあった。
ただ、そのラストのインパクトを味わうだけでは少し物足りなさを感じるのも事実だ。
今までのキューブリック作品とは一味異なる「重厚な異常」。それを演出する「じれったさ」は一癖あるものだったが、もっといろいろな「キューブリック作品の異常」を味わいたいと名残惜しさも残る、そんな作品だった。
〇カメラワークとか
・ヤクを吸ったあと、ベッドでの夫婦の会話シーン。部屋の中は暖色の明るさなのに窓の外だけは真っ青な色味で、不吉なコントラストがかっこよかった。そしてその不吉な青色を使って、アリスを窓の前に立たせるのも巧い。そこからアリスの告白が始まっていく。
・同じくヤクで動転したアリスのカット。画面ブレのブレ方がとても良かった。わかりやすくガタガタ揺れるのではなく、ゆっくりと、様々な軸で揺れ始める。夫婦の会話のどこから歪みが生じたのかわからない会話と、どこからおかしくなったのかわからないカメラワーク。
・夜の舞踏会でビルの代わりに生贄になることを叫ぶ女性のカットはQTU。ちょっと戦隊ものっぽい感じもして、キューブリックには珍しくダサかった気がする。
〇その他
・裸が出すぎて途中からなんとも思わなくなってくる不思議。
・貸衣装屋のシーンの意義は少し消化できてない。ビルとは異なる倫理観の存在を見せるような立ち位置だろうか。