愛人 ラマンのレビュー・感想・評価
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悲恋の「ラブ・ストーリー」としては最高峰クラスと思う。
1929年のフランス植民地時代のインドシナで、15歳のフランス人少女と32歳の中国人男性の交錯する運命を描く。
貧しい家で年老いた母親と粗暴な長兄・大人しい次兄と暮らす少女は寄宿舎で暮らしていたが、船上で出会った中国人の青年と肉体関係を結んだ。
出会って間もない何も知らない男に処女を与えてその後は快楽と欲望の赴くままに酒池肉林に近い日々を送る二人。
中国人であり、大金持ちの跡継ぎである青年には婚約者(勿論、中国人女性)がおり、年齢差はともかくとして白人女性を妻に出来るはずもなかった。
少女もまた青年の妻となるようなことは望まず「愛人」として扱われればいいというそんな関係だった。
前半から中盤まではセックス・セックス・セックス・セックスと肉体関係に溺れる二人ですが、やがて青年が少女に対して本気になったとき、少女に青年を愛する気持ちが無いと判っていては抱けなくなってしまう。
双方の家庭環境も複雑だった。少女はいずれ本国であるフランスに帰国することが決まっていた。
粗暴な兄は家族仲を壊したが、母親はそんな長兄を愛しており、少女は母親ともしっくりいっていなかった。
父親を早くに亡くしていた少女が「父性」を青年に求めていたとも考えられるが、恋愛経験の無さからまだ「愛」という感情を理解し得なかったし、また理解できたとしても「人種」「身分」の違いから結ばれることは出来なかっただろう。
後年、少女は大人になった時に青年と再び邂逅する。
あれほど幾度もセックスを重ねていたのに少女は青年の子供を身籠ることは無かった。
青年が避妊していた形跡は無かったが、もし妊娠していたらどんな結末になっていただろうか?
遠い日の想い
15才の少女が金持ちの男性と付き合う。お互いに
そこに愛はなくお金のためと言い聞かせながら。
別れて初めて相手への愛に気づく。
お互いに愛し合ったからといって必ず結ばれるとは限らない。でも人生で相手を本気で愛した経験が持てれば、それだけでも幸せかもしれない。
ドキドキした
人種差別と貞操観念が強く残る時代背景の中、うぶでまだ未完成な身体の10代の少女の初体験が、一回り以上も歳上のアジア人のお金持ちで愛人関係に留まり彼女は自ら堕ちようとする。
自分の気持ちがわからない思春期に戦後のきな臭い感じがまたなんとも言えない味のある映画でした。
中国人役の俳優さんの控えめで哀愁のある表情と男性性の混同がセクシーで素晴らしいです。
あなたはわたしと結婚できません
18歳でボロボロになった“私”。15歳半だった私は・・・という独白で始まるストーリー。中国では処女としか結婚できないから「あなたはわたしと結婚できません」などと言うのは男の身勝手?それでも生活のため、愛人のままでいいと考える少女。貧困がなす悲しい性なのであろうか。とにかく一番の衝撃シーンは、人が行き交う町の中、喧騒が聞こえてくるなかでの情事である。最初に観た地上波のテレビでは、リアルなセックスシーンはほとんどカットされていた。しかし字幕版で観ると、この少女のアフレコが全く合っていないことに興ざめする。
男物の帽子と三つ編みの髪。いいなぁ・・・
いい映画を見たという満足感。
以前みた時も良いと思ったけど
年を経てみるとこれがまた良かった。
少女の顔、スタイル、服装がかっこいい。
冷めた表情
紳士物の帽子
キラキラがついたパンプス
シンプルなレースのワンピ
とても似合ってて現代みてもいい。
中国人お金持ち青年のレオン・カーフェイの表情が良い。
初めて話しかける時のドキドキ感。
少女の家族に馬鹿にされた時の怒り。
埃っぽい風景も良くて
フェリーの上とか
騒々しい中国人街の逢引の部屋とか
当時話題になった性描写も。
暴力的なクソ長兄が一人でフェリーに乗って旅立つとき
ちょっとお茶目な仕草をお母さんにして見せたのは
ほっこりした。
差別というものはなくならないだろう。
ずっとあり続ける。
文学的
フランス植民地時代のインドシナの風景が、異国情緒いっぱいながらもとてもヨーロッパ的に撮影されていて、カフェオレ色のメコン川もなぜだかとても美しく見えます。
フィルムも純文学の香り漂う雰囲気です。
少女から大人になる微妙な時期に、一回り以上も年が上の華僑と肉体関係を持つことは、分別がつかないとしてもかなりぶっ飛んだお嬢さんだと思います。当時のフランスではまだ貞操観念があることが主流だったはずだし、ましてや侮蔑する対象の黄色人種。
支配階級である彼女達フランス人一家の振る舞い方が、人種に対する当時の考え方を如実に表しています。まあ、現代もまだまだ白人は優位ですが、一家の荒み方は酷いものでした。静かなアジアとは全く対象的です。
そしてなんと、二番目の兄は若き日のメルヴィル・プポー。
男が本気になり結婚まで意識されるほどの女に成長した主人公。彼女の「ラ・マン」は、最後に弱さを露呈しました。
果たして、彼女は彼を愛していたのでしょうか。それともセンチメンタルな気持ちを愛と取り違えただけだったのでしょうか。冒頭の告白を信用するならば、彼女は彼を愛した。そして、彼との限られた愛を文学という形にして、刻みこみたかったのではないでしょうか。それが、彼女の幻想だったとしても。
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