劇場公開日 2005年12月24日

「私は誰?」Strange Circus 奇妙なサーカス 踊る猫さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0私は誰?

2015年12月23日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

美津子という少女が居る。彼女は両親のセックスを目撃する。そのうち母親の小百合と一緒に父親に犯されるようになる。美津子は改造したチェロのケースに押し込められ、小百合とのセックスを見ることを強いられるのだ。そんな倒錯した関係が続くうちに美津子の自我は揺らぎ、小百合と自分との区別がつかなくなる。ここまでが小説の話で、その小説を書いているのは妙子という女性だった。こんな過激な小説を書いている妙子のファンであることを公言し、担当になる編集者の雄二。彼は編集長の指示により妙子の身辺を調べるようになる。小説中の出来事は自伝ではないのか? 彼女の正体は誰なのか? 事態はやがて思わぬ真相を見せることになる……。

園子温監督の映画は、いつも思うことなのだけれどその過激さでこちらの度肝を抜く。もちろん『ちゃんと伝える』や『気球クラブ、その後』といったそんな過激さとは一見すると無縁に映る映画もあることはあるのだけれど、この映画はエログロな要素が全開で絶好調な園監督の本領を発揮しているという印象を感じさせるのだ。だから正直なところ、観ていてその強烈さにやられてしばらく纏まったことをなにも考えられなかった。疲れてしまったのだ。精神的にタフでない時には観ない方が賢明だろう。本当に強烈な映画だと思う。

女優たちの演技が素晴らしい。特に宮崎ますみ氏の演技がなかなかのもので、これもまた演技指導に関して徹底的に厳しい園監督の熱意とそれに応えた宮崎氏の底力故のものなのだろうと感じさせられる。エキセントリックというか、幼い頃に強烈なセックスの体験を経て来たことから精神が壊れてしまった女性の役を巧みに演じていると思う。普段は影が薄いいしだ壱成氏もまた、この映画では重要な役回りを(宮崎氏と比べるとどうしても見劣りはしてしまうのだけれど)演じているのではないかと思う。その点では力作なのではないかと思う。

あとはこの映画を貫く美意識のあり方に目を見張らされる。どぎつい、と書くと単純になってしまうのだけれど、それ以外に表現のしようがない色使いの異常さや先述したセックス場面の生々しさが観終えた後も忘れようのないものとして迫って来るのだった。殊に「赤」を巧みに使っているな、と思わさせられる。壁の赤、血の赤……衣装の赤もこの映画に強烈なインパクトを与えている。その結果として鮮烈な作品として仕上がっているように思わせられる。園監督の映画でこうした色彩美を味わうというのは、こちらの鑑賞歴が乏しいせいもあって初めてのことだったので改めて脱帽してしまった。園監督の引き出しは本当に多い。

これ以上書けることというのも特にないのだった……四肢切断、あるいはセックス描写、そういったエログロな要素が山盛りとなっているこの映画は万人に簡単にお薦め出来るものではない。園監督の映画をこの作品から初めて観ようという方が居たら、考え直すことを薦めたい。最初は先にも名を挙げた『ちゃんと伝える』や『気球クラブ、その後』といった(これらは「佳作」だと思うが)作品を観てからこの作品に挑むことをお薦めしたい。まあ、くどいが引き出しの多い監督なので園ワールドに何処から入って行くかを薦めるのは至難の業なのだが――。

ややネタを割ることになるが、この映画を観ていると「人格」というものがどういうものなのか分からなくなる。この映画では先述したプロットの整理が示すように、美津子と小百合の人格が揺らぎ区別がつかなくなる。自分が美津子なのか小百合なのか分からなくなってしまうのだ。このあたりのミステリアスな展開はこの映画のキモなのでこれ以上迂闊なことは書けないが、私は大いに裏切られた、と書いておけば充分だろうか。私を私足らしめるものなんて結構曖昧なものなのかもしれない。その狂気のあり方もまたこちらの度肝を抜くものである。自分が誰なのか分からなくなる幻想的な(エログロ入ったデヴィッド・リンチのような?)世界を是非堪能していただきたい。

そんなところだろうか。園監督の多才さ、その世界の多彩さに改めてやられた一作だった、と記しておけば良いだろうか。果たして発展に向かっているのか破綻に向かっているのか分からないまま、途方もなく膨れ上がっていく園ワールドの強烈さが特筆に値する……先ほどから同じことを手を変え品を変え書いているのだけれど、こればかりは私の未熟に由来するものとして降参するしかない。本当に凄まじい映画を観てしまった。園ワールドはもっともっと掘り返して行く必要があるようだ。次は『夢の中へ』を観てみようかと思っている。

本当に、強烈な一作だった。その過激さぶりにおいては、私の観た範囲内では『自殺サークル』『冷たい熱帯魚』『紀子の食卓』にも引けを取らないであろう。赤を多用した美意識が全開になっているところは、脈絡などなにもないのだけれど蜷川実花『ヘルタースケルター』を連想させるところもある。奇妙に艶めかしく、そして鮮烈。これもまた同じことの繰り返しに過ぎないのだけれど、この映画を語れる他の語彙を私は持っていない以上仕方がない。なかなか手強い一作である、と記して筆を置くことにしよう。観るのは厳しい一作だったが、観ただけの価値はあったと思う。

踊る猫