「タイトルなし(ネタバレ)」DISTANCE ディスタンス supersilentさんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
あの時代を過ごした人にとって、本作の生々しさはなんとも言えない嫌な感じがある。多くの人にとっては、オウムに家族を殺されたわけでもなければ、加害者遺族になったわけでもないだろう。それでも本作に通底する漠然とした不安、自分がどこに向かっているのかわからない感覚、どこからきたのかすらわからなくなってしまった感覚にはあの時代特有な不安感が呼び覚まされる気がする。
映画では、登場人物は最初、どこに向かっているかもわからない。車を盗まれ、ますます、行くべき場所を見失う。泊まる場所を見つけても不安はなくならない。自分たちはここでなにをしているのか。彼ら自身がわからないまま不安と向き合う。
自分はたまたまアラタや伊勢谷と世代も近く、舞台の一つになっている小渕沢も音楽フェスなどに行くために通っていたことがあってそうした個人的な記憶も生々しい感覚と関係しているかもしれない。湖畔で揺れる水面。遠くで鳴く鳥の声。風が木々を揺らす音。雨の匂い。土の匂い。都会育ちの自分にとってはそういう音の一つ一つが、あの夏の記憶を呼び覚ます。煙草のシーンでさえ、ヘビースモーカーだった当時の自分を思い出させる。
事件を起こした人間は狂ってるに違いない。それは事実かもしれないけど、一方では、ありふれた日常を送る僕らの隣人や家族、もしくは僕ら自身にあり得た物語なのかもしれないとも思う。どんな時でさえ軽薄に笑う伊勢谷を見てると、とても加害者遺族には見えない。穏やかな表情で優しく笑うりょうを見てると、とても加害者の見せる笑顔には見えない。
僕らはどこからきてどこへ向かうのか。本当は誰もそれを知らない。知らないくせに忘れた振りをして毎日を生きている。あの時もそうだったし、今でもそうだ。せっかく忘れたフリをしている僕らに、りょうは優しく呟く。終わりでも始まりでもない時間。サイレントブルー。終わって始まるその歴史に参加するのだと。狂っているとはなんだろうか。