「リップヴァンウィンクルの野獣」野獣死すべし(1980/村川透監督) 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
リップヴァンウィンクルの野獣
原作・大藪春彦×監督・村川透×主演・松田優作。
『蘇える金狼』のトリオで同作の流れを汲む、ハードボイルド・アクション!
…と思ったら、大分違った。
大雨の夜の都内、一人の刑事が奪われた自身の銃で射殺され、さらにその銃で違法カジノのチンピラ2人も殺された。
犯人も動機も全く不明で、捜査は難航。しかし、その犯人は…。
元戦場カメラマンで今は翻訳の仕事をしている伊達。
普段は物静かで、クラシック音楽を愛す。演奏会では涙を流すほど。
そんな彼が何故こんな凶行を…?
チンピラだって殺されていい訳ないが、刑事は汚職刑事だったのか…?
否!
彼を凶行に駆り立てたもの。それは、内なる狂気。
いや、“野獣”。
それを目醒めさせたのは、戦場という名の地獄…。
今でこそ“PTSD”という言葉は一般的に知れ渡っている。
が、本作が公開された1980年はまだそれほどは。
戦闘ストレスによるPTSDが知れ渡るのは、ベトナム戦争から。時代背景としては同時期なのだが、日本の一般客にはおそらく全くと言っていいほど。
それは配収にも表れている。『蘇える金狼』に及ばず。松田優作のダーティヒーロー・アクション第2弾と思ったら、よく訳の分からぬキチ○イっぷりを見せられ、当時の観客も困惑した事だろう。
研究が進み、映画などでも描かれ、何より体験者の生の証言から分かってきているPTSDの苦しみ…。
伊達の次のターゲットは、大銀行襲撃。
が、さすがに一人では無理。仲間が必要。
ある時誘われた大学の同窓会。バカ連中に嫌気を感じていたが、そこでウェイターをしていた青年・真田に自分と似た匂いを感じ、仲間に引き込む。
“野獣”になるべく、徹底的に叩き込む。銃の扱い方、さらに自身で恋人を殺す非道さ…。
伊達の後を一人の男が追っている。刑事の柏木。誰も見向きもしない些細な証言から、密かに伊達をマーク。
そして遂に襲撃。が、客の中に、以前演奏会で出会いクラシック音楽好きから伊達に好意を寄せる女性・令子の姿があった…。
原作の伊達は野性的なタフガイらしい。
が、役作りで頬が痩せこけた不気味な風貌に監督は激怒、改変した脚本に原作者は批判したとか。
しかし、熱演と言うより、取り憑かれたような松田優作の怪演は凄まじい。
特に、夜の電車内である人物に銃を向け、“リップヴァンウィンクルの話”をするシーンの演技はまるで別次元にいるかのよう。
また、終盤の洞窟内で「君は美しい!」と狂おしく叫ぶ長回しシーンも圧倒される。
真田役の鹿賀丈史も強烈存在感。登場シーンからアブなさムンムン、「何見てんだ、こら!」で、あ、やっぱり! 松田優作に引けを取らず。昔から個性派。
生気が無い2人に対し、柏木役の室田日出男が血の通った人間味ある渋い好演を見せる。が、彼に恐怖の時間が…。
帰還兵とカメラマンの違いはあるが、何処か『タクシー・ドライバー』と通じる所がある。
社会と断絶した生活、狂気の目醒め、凶行…。
この苦しみ、あの地獄に気付いてくれ。
しかしだからと言って、彼の犯した事の弁護にはならない。
ただ単にあの地獄を見て、自分の中の野獣が剥き出しになっただけなのかもしれない。
世界は戦争が続いている。全く関心を示さず、平和ボケしている日本に怒りの銃口を向けたかったのかもしれない。
邦画史上難解の一つと言われるラストシーン。
一見、柏木が生きていて、伊達を射撃した…のように思えるが、確かな解説は未だ無く、様々な解釈があるそうだ。
こういうのはどうだろう。
彼は戦場で、“リップヴァンウィンクルの酒”を飲んでいたのだ。
酔って夢を見ていたのだ。
そして夢から醒めた時、彼はもう死んでいたのだ…。