「スペクタクルは素晴らしいが・・・」明治天皇と日露大戦争 kossykossyさんの映画レビュー(感想・評価)
スペクタクルは素晴らしいが・・・
1904年(明治三十七年)、国交断絶の後、連合艦隊による閉塞隊が旅順に達する前に沈没。そして旅順総攻撃。ロシア側の最新兵器・機関砲と電気鉄条網により第三部隊は窮地に追い込まれる。失敗。犠牲は1万5千余。秋になるとバルチック艦隊がロシアを出航したという報せが届く。日本近海に到達する前になんとしてでも旅順を落とさねばならない。乃木将軍の更迭問題にまで発展したが、天皇の一声でそれは回避される。
中盤の盛り上がりはやはり二百三高地。乃木将軍の息子(高嶋忠男)が高地に到達して戦死したところか。彼にしてもそうだが、バルチック艦隊に向けての兵士たちが「誰も帰ってこようとは思っていない」などという神風特攻隊の精神がこの頃からあったのだと、これが第二次世界大戦までの日本の戦争の中心に添えられていたことに歴史を感じてしまう。
明治天皇の高潔な人物像といった描写を除けば、ごく普通の戦争映画であり、50年代の映画にしてはかなりのスペクタクル。まずは戦争を避ける努力、国民のことを思う博愛主義者と、美化しすぎのところが鼻につく。さらに、戦争映画とくれば、最後にどこか虚しさを覚えなければ反戦・厭戦映画にはなり得ないが、最後に喜び沸く国民の姿を描いているので、まさしくこれは戦意高揚を狙ったもの。ただ、敗戦後の日本人に勇気を与えてくれた作品となると、複雑な思いにかられてしまう・・・ちなみに『千と千尋の神隠し』に抜かれるまでは観客動員数歴代1位をキープしていたらしい。
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