「夭折の天才・近藤喜文が遺した唯一の監督作品。宮崎駿から高畑勲への挑戦状という側面も…。」耳をすませば(1995) たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
夭折の天才・近藤喜文が遺した唯一の監督作品。宮崎駿から高畑勲への挑戦状という側面も…。
読書好きな中学3年生の少女、月島雫の恋愛と成長を描く青春アニメーション。
脚本/製作プロデューサー/絵コンテを担当したのは『となりのトトロ』『魔女の宅急便』の伝説的アニメ監督、宮崎駿。
雫と心を通わせる青年、天沢聖司の声を担当したのは、当時はまだ無名の子役だった高橋一生である。
47歳という若さでこの世を去った天才アニメーター、近藤喜文の唯一の監督作品。
宮崎駿&高畑勲を、ジブリ設立前から支え続けた縁の下の力持ち。
『となりのトトロ』を制作していた宮崎駿と、同時期に『火垂るの墓』を制作していた高畑勲が、近藤喜文を取り合って血で血を洗う争いを起こしたというのはジブリファンの間では有名な話。
長きに渡って天才2人に振り回され続けた結果、体を壊してしまいそのまま帰らぬ人に…。
両名とも罪悪感はあるようで、高畑勲は自分が近藤喜文を殺したと嘆いたらしい。
過剰なストレスと長時間労働は命を奪うということを、身をもって我々に教えてくれた偉人である。
近藤喜文が生きていれば、今のアニメ業界も大きく変わっていたかも知れない。ジブリの世代交代も成功していたかも…。
彼の死は日本アニメ界における大きな過失であることは間違いない…😢
本作は近藤喜文監督作品ではあるが、脚本から絵コンテまでを宮崎駿が担当している。
その為、宮崎駿のカラーが大きく出ており、純粋に近藤喜文監督作品と言っていいのかはちょっと疑問。
とはいえ、もちろん細かな演出は近藤監督の仕事。
宮崎駿のコンテでは活発な少女だった雫は、思慮的かつ若干内向的な少女として描きなおされている。
一番有名なエピソードは雫がしゃがみ込んだ時の描写。宮崎駿版では周囲に誰もいないということでスカートからパンツが丸出しだったのだが、近藤監督はスカートを押さえてパンツが見えないように演出。
このことに宮崎駿大激怒💢
「誰も見ていないんだから、スカートのことなんか気にしない筈だろうが!ぷりぷり👿」…やはりこの爺さん、並ぶもののない変態である。
高畑勲のお気に入りである近藤喜文を自分の駒にすることが出来てよほど嬉しかったのか、本作は高畑勲への挑戦状ともいえる内容になっている。
というのも、スタジオジブリの作品群の中で、本作の一つ前は高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』。
『ぽんぽこ』は多摩ニュータウンの開発により住処を失ったタヌキたちの悲哀をアイロニカルに描いた作品である。
エンディングではタヌキたちの宴会のシーンから徐々にカメラが上空に引いていき、東京の夜景を映し出して物語の幕が降りる。
本作のオープニングはその全く逆。
東京の夜景をロングショットで映し出し、多摩市をモデルとした本作の舞台へとクローズアップしてゆく。
クローズアップにより映し出されるのはその街に生きる人々の姿。
「タヌキだってがんばってるんだよォ」という『ぽんぽこ』のキャッチコピーを否定するように、「人間だっていろいろあるんだよォ」とでも言うべき映像を作り上げている。
同じ街を舞台にしていながら、『ぽんぽこ』で描き出されたテーマとは真逆の視点で物語を紡ぎ出しており、ここに宮崎駿の、高畑勲に対する挑戦が見て取れる。
それを近藤喜文にやらせるところが、宮崎駿の嫌〜なところだなぁ、とニヤニヤしてしまうのはオタクの悪い癖😏
絵作りという意味で、本作に顕著に描かれているのは「上下」の移動。
もちろん、これは山を切り拓いて作られた住宅地を舞台にしているからであるが、丘の上にある「地球堂」という店を異界として現出させる効果とともに、高台から見下ろす街を描くことにより、そこに生きる人々の姿を観客に想像させる効果も持つ。
土手を歩く人々の映像に合わせ、スタッフロールを流しているところからもわかるように、本作で描かれているのは、都市で生きる人々の生活賛歌であり、雫と聖司の恋愛はその一つの側面に過ぎない。
根底にある人間賛歌が伝わる為、10代の淡い恋愛という、悪い言い方をすれば浅い物語であるこの映画に、幾つになっても感動させられるのだろう。
とはいえ、自分が10代の頃は大好きだったこの作品も、年齢を重ねてから見るとちょっと青臭すぎて座りが悪くなってしまう。
それに、全体のスピード感がやや不足しており、ちょっと退屈な時間も多い。もちろん、意図的に行われていることだとは思うのだけど。
もっと雫の小説世界の描写を増やして、映画全体をファンタジー路線に乗せてくれた方が、物語全体の勢いがつくし、何より宮崎駿ファンとしては嬉しかったなぁ…。
長々と書いてしまったが、やっぱり好きな映画ですよ、これは。
『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』『ぽんぽこ』『耳すま』と、全く子供向けではないアニメーションを5年の間にポンポンと作っているのだから、90年代のジブリは凄く挑戦的かつ野心的、革新的なスタジオだったんだなぁ、と感心してしまう。90年代のジブリが行った仕事が、どれだけ日本のアニメーションを前に進めたのか、と考えると本当に尊敬の念しか無い。
最後に、近藤喜文監督に哀悼の意を表します。