劇場公開日 1984年10月10日

「博奕に取りつかれた生きざま」麻雀放浪記 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0博奕に取りつかれた生きざま

2021年8月26日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD、映画館、VOD

興奮

知的

萌える

金を失くし、からだ(健康)を失くし、心(人間性)を失くす。
そんな男女と、そんな男から離れられない女の物語。

ラスト。
「えっ?」からの「ええええええ」。そして、「あぁ…」。
女衒の達の、出目徳への言葉。突き抜けた潔さ。”沼”に引きづり込まれ、ハマるということはこういうことか。

登場人物全員、無様この上ないのに、なぜか格好よく見える…。

役者の競演 それだけでも鳥肌ものです。

台詞の掛け合いもいい。
 真似をしたくなる台詞のオンパレード。
 演出と演技の妙の技。
 エッセイストでもある監督も入った共同執筆。
 原作も良いのだろうけれど、
 たくさんの映画をご覧になって愛して論評なさって来た知見の集大成。

そして映像。
細部への作り込み。
イラストレーターである監督が、あえてモノクロで撮ったこの映画。
 監督からの提案。ご自身がモノクロ映画で育ち、白黒の画調こそ映画の基本ともいえる美しさを持ち、この映画の時代を表現するのにふさわしいからという(この映画のパンフレットから)。

音楽も併せて、この戦後を実際に知っていらっしゃる方ならではの、世界観。

まだ、空襲の爪痕が色濃く残る街ー上野ーが舞台。
雑多なエネルギーと、命・人生をも投げ出して興じるパワー。
魑魅魍魎の世界に足を踏み入れてしまったかの感覚。

そんな中で描かれる、狂おしいほどの情念、執念、緊迫感。そして人としての甘さ、むごさ、残酷さ。そして人を想う気持ち。
 全財産どころか、命までも奪い合う勝負の世界。裏切りなんて当たり前。なのに、同じものに取りつかれ、女衒の達のように引きずり込まれ、抜け出せなくなり、他のものが見えなくなっているという同族の絆があるような錯覚もありという怪奇な世界。
 いつの間にか、鑑賞している私ものめり込む。麻雀なんてドンジャラレベルでしか知らないのに。
 役満なんて知らないけれど、映画の中での緊迫感等で、それがどれほどすごいものか、追体験して、一緒にため息をつき、この一瞬の為になら、家も愛する人も、何もかも賭けてしまえという気持ちになってくる(危ない危ない(^_^;))。

音楽も抑え気味、演技も抑える引き算のような映画。
モノクロの画面にも関わらず、戦後すぐのすさんだ雰囲気とともに、役者の艶が匂い立ち、情念が燃え上がる。

出演されている方々は定評ある役者さんばかり。
 その中に混じって一番若い真田さんもひけをとっていないところが、真田さんファンとしては何とも嬉しい。
 キャラの濃い面々に混じって、唯一の気の抜きどころ。キャラの濃い出目徳さんやドサ健、女衒の達、上州虎、オックスクラブのママのようにすでに名うてのギャンブラーと違って、まだ初心者だから、坊や哲が勝負の世界に取り込まれている姿に、わが身を寄せて、のめり込む(否否、現実世界では怖くて近寄れないけど)。
 とはいえ、やはり、脇の、高品さんや名古屋さん、加賀さん、加藤さん、鹿賀さん、大竹さんあっての映画であろう。
 鹿賀さんや加藤さんは舞台で名を馳せた方。その片鱗を見せつつも、舞台臭くなく、高品さん、名古屋さん、大竹さんともうまく絡んで、相手を引き立てつつ、ご自分の力も発揮している。
 ため息が出る。

映画のパンフレットに載っている原作者のコメントによると、
 一生懸命、作者が他のジャンルに置き換えられないように創り上げている小説を映画にした映画。
 原作で、登場人物のイメージのヒントになった方に、高品さんは人相から喋り方までそっくりだそう。
 加藤さんもモデルにした方に似ているそう。
 ドサ健に松田氏が予定されていたとはWikiで知ったが、原作者は作品執筆時に鹿賀さんがいたら(知っていたら)、原作がもっと書きやすかったろうと言うほど。
 名古屋さん・加賀さん・大竹さんに関しても喜んでいらっしゃる。
 真田さんに関しても「目が良い」、そして強烈なキャラクターに囲まれた辛抱役としての坊や哲の内攻している感じがうまく出ていたと思うとのコメント。
 と、原作者からも及第点をもらっている。

背景に終戦直後の風景は出てくるが、基本この7人で回っている映画。
 描かれている世間が狭いのだが、寝ても覚めても麻雀・博奕のことしか考えられない面々の生きざまがよく表れていて、うまい切り取り方だなあと思う。

監督が描かれるイラストのように、一見するとシンプルに切り取った映画。
なのに、中身はこんなにも濃い。
作り込まれているのにやりすぎない。
なんて映画だ。

(原作未読)

どこかで、原作者阿佐田哲也のペンネームは「朝だ、徹夜」のもじりだと聞いた。
そこまで、原作者ご自身も含め、人をのめり込ませてしまう麻雀・博奕。

私にとっては異世界体験。
映画の中だからこそ、安心して、何度も、扉を開けてしまう。

とみいじょん