劇場公開日 1976年8月28日

「本当の不毛地帯とはどこか?」不毛地帯 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0本当の不毛地帯とはどこか?

2020年7月28日
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鑑賞方法:DVD/BD

山本薩夫監督の作品の中でも特に傑作なのはこの4作品だと思います

1966年 白い巨塔
1974年 華麗なる一族
1975年 金環蝕
1976年 不毛地帯

社会派としての監督の作風と原作とが共振をして恐るべき傑作にまで押し上げているのです

本作は1976年公開
原作の主な舞台は1960年昭和35年です

上記に挙げた山本監督作品はどれも徹底した取材に基づく完璧な美術が特徴です
しかし、本作だけが異質です
完璧な美術は同じです
しかし明らかに作為的に手が加えてあります

それは一体何か?
実はセットも、小道具も、ロケ地も、街並みを走る自動車も、何もかも全て1960年昭和35年ではなく製作時点の1976年の現在に設定されているのです
1976年現在での完璧な美術を行っているのです!

劇中の時代も原作と同じ1960年です
その年の第1次FX選定問題を扱っています
主人公の娘には60年安保闘争についての主張の長い台詞を語らせますし、当時のニュース映像も長々とカットインされています

なのに美術はすべて1976年なのです
つまり観客を意図的にこの物語は現在の話なのだと混同させようとしているのです

この1976年はロッキード事件という、全日空の旅客機の選定に絡む汚職事件が正に進行中だったのです

これと混同させようという監督の意図であったのはあきらかでしょう
山崎豊子の原作には無い踏み込んだ汚職シーンまで入れようとして問題まで起こっています

つまり山本薩夫監督らしい強い左翼的な思想信条に基づいたメッセージを込められているということです

結果として監督は続編を撮ることは、出来なかったのです

しかし本作から44年もの年月が経ち本作を21世紀の視点から観るなら、皮肉なことに監督の意図とは違って見えてくるのです

不毛地帯
それは極寒のシベリアの抑留地でも、熾烈を極めた次期戦闘機商戦の事でもないのです

それは国防という、国民の生命と財産、国家と民族の自立と独立を担保する最重要な事柄が、利権争いによって正しい政策判断がねじ曲げられようとしている日本の現状
それが不毛地帯なのです

ロッキードF-104はその時点に於ける最高の選択であったのは間違い無かったのです
主人公の壱岐正がなぜ当初の希望を忘れ次期戦闘機商戦に没頭したのか?
単に川又への友情?
そんなことで信条を変えるような男では有りません
彼は国防という最も重要なことが蔑ろにされていることに我慢ならなかったのです
大本営作戦課参謀という立場で、国を誤らせ、兵を死なし、民間人に艱難辛苦を舐めさせた責任を取ろうとしていたのです
間違った戦闘機を選定させるということは、彼に取ってまた同じ間違いを繰り返すことだったのです
だから必死にロッキードを推したのです
川又の友情の為でも、会社の為でもないのです

このような不毛地帯にある国民を守るのだ
それが彼のモチベーションだったのです

それが21世紀の現代に本作を観ると、この共産党員の監督が撮った作品であるのに、このような監督の意図と真逆のメッセージが伝わってくるのです
山崎豊子の原作の凄さなのでしょう
それが突き抜けてくるのです

本作の2年後にはF-15イーグル選定に絡む、ロッキードグラマン事件が起きます
全く本作の再現のような事件です
しかしそのイーグルも最高の傑作機で、航空自衛隊は最良の選択をしました
だから米ソ冷戦の最前線で日本は戦争を防ぐことが出来たのです
駄目な戦闘機だったなら、戦争を呼び寄せていたことでしょう

その後継機もまた大変に揉めて、ようやく最新鋭戦闘機のF-35の大量購入が始まり、F-3という国産ステルス戦闘機の開発が決まったところです

戦闘機は恐ろしく高額な兵器です
しかも大量に必要です
莫大な予算になります
それだけ国防にとり重要不可欠なものだということです

これを軽視したり、利権争いの道具にして使えないものを導入したりしたら日本は一体どうなるのでしょう?

それが不毛地帯なのです

あき240