華岡青洲の妻のレビュー・感想・評価
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先駆的職業を担う人々の壮絶な生き様が…
キネマ旬報ベストテンにおいて、
小林正樹の
「上意討ち 拝領妻始末」が第1位、
岡本喜八の
「日本のいちばん長い日」が第3位の年に、
第5位に選出された有吉佐和子原作の当作品が
TV放映されたので、初鑑賞した。
しかし、彼女の小説は全くの未読だったし、
原作映画としても、かなり前に観た
「紀ノ川」位だったような記憶の中での
鑑賞となった。
さて、この物語、世間的には
話題になる嫁姑問題が信じられない位、
嫁は姑となる女性に憧れている中で
その姑の家に嫁ぐことが出来た。
しかし、初めは
姑との良い関係が続いたものの、
青州が帰ってくると、
夫・息子である彼の取り合い的な
女同士の確執が生まれてしまうという
難しい嫁姑関係を見つけさせられた。
それにしても
何という壮絶な家庭であろうか。
当時の医者と言えば、
今で言う先駆的職業だったろうから、
やむを得ない要素もあっただろうが、
新しい職業世界を切り拓く中で、
苦難の世界に従事した方々への敬意と共に、
そんな彼らへの称賛を送りたくなるような
作品だった。
さて、有吉文学の映画化作品としては、
「恍惚の人」も有名だが、
この同じキネマ旬報ベストテン第5位の
作品を観る機会はあるだろうか。
青洲の成功譚でも妻の美談でもなかった
日本最初の麻酔外科医である華岡青洲の名は知っていたし、彼の妻が自ら進んで全身麻酔の人体実験の対象となった事も知っていました。そして、有吉佐和子さんがそれを小説にしてベストセラーとなった事も読んではいないが知っていました。でも、妻の献身のそんな絵に描いたような美談をどうして有吉さんが自作で取り上げたのかは不思議に思っていました。これは、その有吉原作の映画化作です。
なぁるほど、この映画を観て、有吉さんが自作に取り上げた訳が分かりました。本作は、麻酔薬完成に至る青洲の成功譚でもなければ、妻の自己犠牲の美談でもありません。一人息子の青洲を溺愛し、その出世と成功を祈る母(これを高峰秀子さんが演じ、その迫力が凄まじかった)と、その母の冷たい圧力に屈しまいとする妻(若い若尾文子さんも熱演)の嫁姑物語だったのです。しかし、それは橋田寿賀子ドラマ的なグズグズ・ホームドラマではありません。この時代にはこんな形でしか生き方を見つける事が出来なかった女性達の異議申し立てが潜んでいるのです。現代的に観ればフェミニズム・ドラマの萌芽と言ってよいかも知れません。
市川雷蔵映画祭で上映される本作の雷蔵=華岡青洲は嫁姑問題は見て見ぬふりをして自分の仕事にだけかまけてる無責任男で、ほんの脇役にしか見えないのが皮肉でした。
ちなみに、本作では、アヴァンタイトルの造りも、遠近感を生かした映像の構図やカメラ割りもかなり現代的でカッコよかったな。
女同士の愛憎と相克を深く描いている
これは凄まじいお話しでした。
江戸時代末期の医家の妻である高峰秀子さんと、その嫡男に嫁いだ若尾文子さんが、夫を巡って凄まじいマウント合戦をする、というお話し。
基本的には、家の奥向きの実権を握っている高峰さんが若尾さんをイビる構図なのだが、聡明で気丈な若尾さんも徐々に権力を拡大。
結局、嫁姑の勝負は、年老いた母を労るために息子が嘘をついたことで、ショックを受けた高峰さんが悶絶死。一方の若尾さんも、夫のために麻酔薬の人体実験に身を捧げて失明する、という結末に至ります、
若尾さんが珍しく年老いた姿までを演じて物語は終わる。
医者の妻の苦労話かと思ったけれど、全く違う女同士の愛憎と相克を深く描いており、物凄く面白かったです。
市川雷蔵さんが若尾さんの夫役で医者の華岡青洲を演じているけれど、ほとんど刺身のツマでした。
美談じゃなかったんだ
有吉佐和子原作の小説を映画化。
原作者の母方の郷里・紀州(和歌山)を舞台に、華岡青洲が世界初の全身麻酔による手術を家族の犠牲的献身によって成し遂げる様子を、彼の家庭内の軋轢を軸に描く。
原作小説も映画も存在を知っていた程度で、そこから洩れ伝わる話を美談と捉えていたのでヒューマンタッチの内容を予想してたら、まさか嫁姑問題の話だったとは…。
原作小説には作者の潤色が多いらしく、作品についてSNSで検索すると内容を修正するような指摘が幾つも出てくる。
頸動脈付近の悪性腫瘍で為すすべなく死を迎える小陸の「私は二度と女子に生まれとうない。嫁に行かなかったのが何よりの幸せやったのやして。嫁にも、姑にもならんで済んだのやもん」という告白こそが、男社会で当たり前のように女が不幸になることへの作者自身のアンチテーゼなのだろう。
新藤兼人が脚本を担当。
豪農だった生家が没落するさまを実体験して育った彼は、名家の虚飾や欺瞞を容赦なく活写している。
終盤、乳癌の手術を控え、患者の心情に寄り添うことなく実績を作れることを喜ぶ青洲。
演じる市川雷蔵の無邪気な様子と、加恵役の若尾文子の無表情とのコントラストが印象的。
最初は陰影が美しく見えたモノクロの映像も、加恵の宿命を暗示するように、次第に重く残酷にのしかかる。
本当は救いようのない原作の雰囲気を、希望溢れるヒューマンドラマに仕立て直した黒澤明監督の『赤ひげ』(1965)とは好対照な作品。
NHKーBS4Kにて初観賞。
構図と構成の巧みさ
加恵さんはどこを見つめていたのかな
能面
美しく賢い医者の妻である於継(高峰秀子)は、完璧であった。その完璧さに憧れる、いいとこの娘・加恵(若尾文子)。憧れの人から、理路整然と理由を述べられながら息子の嫁にと請われ、舞い上がって夫の顔も知らないまま承諾する。結婚式に新郎不在で三三九度、3年も夫なしの結婚生活。それでも大好きなお母さんと一緒で、何の不満もなし。
それが、夫の雲平が修行から戻った途端、於継は雲平に張り付いて、加恵を邪険にする。加恵は戸惑うが、だんだんライバルとして、雲平を取り合うようになる。嫁姑バトル勃発! バトルの果て、麻酔ができて、雲平は医者として名を上げる。号は青洲、加恵は医療のために身を捧げた、華岡青洲の妻である。
高峰秀子の眉のない白塗りの顔が、能面のようだった。若尾文子も眉は薄いけど、能面には思えなかった。この違いは何なのだろう。親子設定だけど、2人は実年齢では9歳しか違わず、高峰秀子は老けメイクだったから能面に見えたのかな。女優魂を感じた。
BS松竹東急の「生誕100年高峰秀子特集」放送を録画で鑑賞。
美女の世代対決
若尾文子映画祭で観賞。
有吉佐和子による実話に基づくフィクションが原作で、嫁姑の愛憎劇にスポットが 当たっている。
主人公は妻の加恵(若尾文子)だと思うが、映画の主演は青州役の市川雷蔵みたいだ。
増村保造監督、新藤兼人脚色の黄金コンビ。
若尾文子は18歳から40歳代半ばまでを演じている。
憧れの於継(高峰秀子)に心を奪われる若い頃を演じる若尾文子には、チャーミングな清純派の一面が見られる。
そして、雷蔵登場以後は健気さと強さが一体となった成熟した若尾文子が見られる。
高峰秀子は、鬼姑とよき義母の二面性を鬼気迫るまでの演技で魅せる。
雷蔵は、いつものネチッコさが隠せない(これを男の色気と言うのか)。
「乳を揉まれると痛いか?」なんて台詞が似合いすぎ。
語りの杉村春子は、この後舞台で於継役を長く務め、はまり役となった。
しかし、あの乳ガンの腫れなどの特殊メイクはスゴすぎる。
まともに歩けない猫は、演技とは思えない。今なら「動物を虐待していません」というテロップが必要。(してると思うけど)
於継は、どのような思いで最期を迎えたのだろうか。
病床で、加恵に雲平(青州)を頼むと手を握る。が、加恵はえずいて手を振りほどき、部屋を出る。「そんなに私が嫌いか」と切なさを見せる。
一方の加恵は、ガンにおかされた義妹(渡辺美佐子)に「お母様のお陰で私がある」と言うが、於継の娘であるから気を遣ったのか、今となってそれに気づいたのか…。
結局、嫁と姑はスレ違う関係にあるのだろうか。
まゆなし顔こわい
1967年増村保造監督。麻酔を初めて作った人として知られる華岡青洲。その妻の逸話も有名だが、増村保造なのでそこに重点を置いていない。市川雷蔵・若尾文子・高峰秀子によるバチバチの嫁姑争いなのだ。
人間の奥底にあるややこしい心理ばかりを好んで描く監督。美談ではない物語。最後に嫁に行かなかった青洲の妹が核心を突く台詞を言う。これがこの映画の主題だろう。
動物実験シーンがあって、これが中々にエグイ(猫好きは見てはいけない)
ナレーションに杉村春子を使うなど凛としたムードだが、そこはかとなく倒錯したテイストもあり。一筋縄ではいかない映画でありました。
高峰秀子さん
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