劇場公開日 1977年6月18日

「「日露戦争を前にして軍首脳部が考え出した、寒冷地における人間実験がこの悲惨事を生み出した最大の原因」(新田次郎)」八甲田山 talismanさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「日露戦争を前にして軍首脳部が考え出した、寒冷地における人間実験がこの悲惨事を生み出した最大の原因」(新田次郎)

2025年5月17日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

怖い

こういう映画だったのか!まるで知らなかった!徳島大尉(高倉健)は豪放磊落であり慎重な人物として描かれている。冒頭の会議シーンで山田少佐(三國連太郎)は煙草ばかり吸っている唯一の者でいけ好かない奴だとすぐわかる。山田には雪の中へいち早く消えて欲しいと本気で思った。だから途中で「自分の思い通りに行く!」と隊から離れた村山伍長(緒形拳)は雪山を知る人間として正しい判断をした、どんな思いが脳裏にあったか分からないが。こういう映画を初めて見て途中でかなり泣いた。猛烈な吹雪と極寒で白しかない中、低体温症による幻覚や幻聴で、春の到来、菜の花やツツジの暖かい色、田植え、稲の緑、夏の川遊び、秋の収穫、弘前のねぷた祭りと色鮮やかな白昼夢を彼らは見る。

真面目で優秀で信頼厚い神田大尉(北大路欣也)は山田少佐ゆえに想定外の立場に追いやられる。山田少佐、早く死んでくれと思ったが、上司だから若い人達の援助と犠牲を得て生きて戻る。最期がどうであれ、フィクションであれ、あまりに現在の日本と同じじゃないか。

徳島大尉の雪山対策の諸々は緻密に練られており隊員への指示は的確で具体的だった。雪山の恐ろしさを知る生まれ育ちがものを言うのだろう。どんな行程でも常に案内人をつけていた。歩数を数える役目の斎藤伍長(前田吟)は歩きながら「1、2、3・・・」と数え百までいったら豆をポケットに入れ次は2から始める。医務担当の者、喇叭担当の者もいる。徳島大尉が惜しげもなく事細かく教えてくれたことを神田大尉は心から嬉しく受け取り、指揮官として同じように計画し実行したかったに違いない。無念だったろう。

反省でありびっくりしたのは日露戦争で日本が勝った!それが西欧を驚かせた!程度しか知らなかったことだ。日本史授業でも八甲田山の惨状は多分教わらなかったし自分も知ろうと思わなかった。支配権を握る側が発言権の弱い側の判断や価値観を押しのけるのは今も同じだ。この雪中行軍隊員で日露戦争に行った者は「全員戦死」の文字が最後に流れショックを受けた。それで第五連隊の悲劇を知る者は闇に葬られうやむやにされたのか?戦争に勝とうが負けようが兵士は死ぬ、若者が死ぬ。

芥川也寸志の曲は素晴らしかった。同じモチーフでも、苦しい第五連隊は短調で重く、第三十一連隊では明るく前へ進めと励ます音楽だった。映画を見てから原作本を読み数日してまた映画館で見た。

おまけ
新田次郎『八甲田山 死の彷徨』から:徳島大尉はさわ(秋吉久美子)に案内料五十銭玉一個を与えて、「案内人は最後尾につけ」と大きな声で怒鳴った。「もう用はねえってわけかね」さわ女が言った一言は、それを聞いていた隊員たちの心を打った。隊員たちは心の中で彼女にすまないと思った。

新田次郎氏から、権力構造への感受性無しに上澄みで感動なんかしてないよね?と言われた気がした。

talisman
あんちゃんさんのコメント
2025年5月21日

コメントありがとうございます。レビュー最後に書いておられる新田次郎「八甲田山死の彷徨」での徳島大尉とさわ女のやりとりですがここすら映画は徳島大尉の美徳みたいな方向に変えられてました。なんとしても高倉健には良い人を演じさせたいという映画界あげての意思が感じられます。因みにのこ作品は「幸福の黄色いハンカチ」と同じ年の公開です。

あんちゃん
kazzさんのコメント
2025年5月17日

兵士は死ぬ…過酷ですね。
戦時下では、どの国の兵隊も生きて帰ることができる保証はないのですが、特に日本は死を美徳とする武士時代からの倫理が長く息づいていましたから、特殊だったのではないでしょうか。

教科書にあったかどうか不明ですが、今31歳の息子は中学時代に授業で八甲田山雪中訓練の悲劇を教わってました。

kazz
ケイさんのコメント
2025年5月17日

コメントありがとうございました。
そうか、途中の春の風景は幻覚なのですね。
寒さで夢を見た、程度かと甘く考えていました。

ケイ
トミーさんのコメント
2025年5月17日

共感ありがとうございます。
帽子のつばや背嚢に積もった雪が、まるで雪だるまでした。

トミー
トミーさんのコメント
2025年5月17日

兵隊さんに普通の人がぺこぺこしてるのが受け付けない、戦前は当たり前だったんでしょうが。一方秋吉さんがお辞儀の後、軽く手を振っていたのはアイドル〜!

トミー
Mさんのコメント
2025年5月17日

この映画が興行的にも成功したというのはとても嬉しいです。
よい映画を多くの人が見て、きちんと金儲けもできる。
よい作品を作った人たちが報われる、という当たり前「そう」なことができると、益々よい映画が増えるんでしょうね。

M