「戦前から戦後の約20年の日本の軌跡の一端が垣間見える戦争喜劇にある客観的視座」拝啓天皇陛下様 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
戦前から戦後の約20年の日本の軌跡の一端が垣間見える戦争喜劇にある客観的視座
従軍作家として日中戦争の兵役に就いた棟本博の追憶で語られる、岡山歩兵第10連隊に同期入隊の山田正助の数奇な半生を描いた戦争喜劇。昭和恐慌の大不況下の昭和6年からサンフランシスコ講和会議を目の前にした昭和25年までの、軍部が暴走し始めた戦前の軍隊生活と敗戦の痛手から漸く独立国家として再出発する寸前の日本が描かれている。貧しい生まれの無教養で手癖も悪い山田が、普通の兵士たちが抱く軍隊の厳しさに服従する辛さに反して、衣食住に満たさせた軍隊生活に生きる活路を見出す皮肉が作品の主題となる。しかし、山田を演じる渥美清の名演により、生きる術のないひとり孤独な男の悲哀がユーモアを伴いながら表現されていて、日本の喜劇映画の様式でも個性的な作品に仕上がっている。興味深いのは、再招集の昭和12年、南京陥落の報を受けて戦争が終わると予想する兵士たちの姿であり、それでは困ると天皇陛下に直訴しようとする山田の無垢さである。
情緒的な表現を得意とする野村芳太郎監督の堅実で安定した演出や、川又昂の撮影と芥川也寸志の音楽もいい。特に天覧の秋季大演習の場面が素晴らしい。進軍する歩兵の列の間をゆっくりと進む白馬に乗った天皇陛下に、初めて謁見して親しみを覚える渥美清の表情が人の良さを表す。途中トーキー第一作「マダムと女房」と「与太者と海水浴」「子宝騒動」の映像が流れ、時代の雰囲気を出している。前半の面白さに比べて、後半が駆け足気味な点が惜しい。上流階級の戦争未亡人に片思いする山田に、後の寅さんが重なるところが愉しい。
棟本の妻役左幸子の安定した演技力と当時の個性的な俳優人、藤山寛美、桂小金治、西村晃、多々良淳、上田吉二郎、清川虹子、そして加藤嘉と共演者も観ていて飽きない。長門裕之、中村メイコ、高千穂ひづるも適材適所の配役。