劇場公開日 1937年8月25日

「極めてドメスティックで日本的なようで、グローバルな普遍性を持っていると思います」人情紙風船 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0極めてドメスティックで日本的なようで、グローバルな普遍性を持っていると思います

2019年9月21日
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鑑賞方法:DVD/BD

見事な味わい深い余韻が残りました
成る程名作として多くの日本映画オールタイムベストのリストに必ず挙げられているだけあると思います

その味わいはルネ・クレール監督の名作巴里祭に近いものがあります
もちろんその作品のような恋愛を扱ってはいません
しかし大江戸の空の下に庶民の暮らしがあり、それぞれが懸命に生きていて、ドラマがあり、そしてまた明日も明後日もみな生きていくのです

巴里祭は本作の4年前の1933年の作品ですから、山中貞雄監督はそれを意識して撮ったのかも知れません

貧乏長屋の連中のシーンは女房どもも含めて、落語の世界のようですが、映像として表現されるその動き、会話、表情など、ジブリの宮崎駿監督の天空の城ラピュタなどの庶民が登場するシーンの元ネタになっているのではと思わせる濃密なものです

80年以上昔の戦前の映画ですから、映像は傷んでいます、音声も聞き取りづらくなっています
しかし撮されている映画そのものは現代のものよりずっと内容は優れているものです

セットの美術、衣装、脚本、役者たちの演技
カメラの構図、カット割
何もかも見事なものです

特にラストシーンの新三の結末を語らず、心中の有り様を見せず、大家を呼びに走る子供と溝の水に浮かぶ紙風船のシーンで終わるのは、巴里祭のパリの下町の街並みを俯瞰するラストシーンにも勝る余韻があります

どぶの水のような浮き世に浮かび、流されていく紙風船は貧乏長屋の庶民の暮らしを俯瞰している名シーンでした
紙風船がどぶに浮かぶのも、そこに暮らす人々の人情の息で膨らんでいるからなのです

このような優れた作品が戦前に作れる実力があったからこそ、後年の日本映画の世界的な高い評価をもたらしたのだと思います
もうこの時点で世界最高峰のレベルだったのです

山中貞雄監督は1909年の生まれですから、黒澤明監督のひとつ年上でしかありません
僅か28歳、戦地で病死して本作が遺作にならなければ、戦後はきっと黒澤明監督や、溝口監督らに負けない世界に誇る名作を量産したに違いないと思います

本作は世界的な再評価を受けるべき作品だと思います
極めてドメスティックで日本的なようで、グローバルな普遍性を持っていると思います

是非4Kでのリストアと海外への紹介を関係者の皆様にお願いしたいと思います

前進座総出演と言うことで、戦後の前進座の共産党との関わりから、本作の評価を高い下駄を履かせたものではないかと色眼鏡で見ていた自分を恥ずかしく思います

あき240