「1.2倍速の田中絹代」流れる 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
1.2倍速の田中絹代
1956年。成瀬巳喜男監督。柳橋(と思われる)花街にある格式は高いが台所事情は苦しい芸者置屋。女中としてやってきた中年女性はそこで、時代の変化で芸者文化がすたれていく中で個性豊かな芸者たちの生き様を目撃する、という話。幸田文ですから原作は申し分なし。
芸は一流だが生活力のない女将を艶っぽく演じる山田五十鈴、律儀で仕事ができる女中をせかせかと演じる田中絹代、芸者の家に育ちながら生真面で母を思う娘を頑なに演じる高峰秀子、売れ残ることが多い年増芸者ですれっからし気味に演じる杉村春子、女将の妹で芸者でもなく仕事もせず、娘を連れて転がり込んでいる女をなよなよと演じる中北千枝子、そして女将の姉弟子で引退して今はその界隈を仕切っている女を貫禄たっぷりに演じる栗島すみ子。とりあえず挙げてみただけでこれだけのすばらしい役者とキャラクターの女性たちがいる。「女性映画の成瀬」といえばこの作品。岡田茉莉子や宮口精二もただいるだけではない存在感を発している。それぞれにキャラは濃いが通り一遍のわかりやすさがなく、揺れ動いているのがすばらしい。
田中絹代だけ1.2倍速くらいで動き回っている。常にせかせかしていて、なぜこんなに腰が低いのか謎だが、それが体に染みついている。窓際に立つのは高峰秀子。家で余計者として過ごしながらなんとかして母を助けたい強い思いを持て余しているので、どうしても窓(常に開け放たれている)の外を見て呆然としまう。または必死にミシンを踏んでしまう。むなしさの自覚が切ない。売れない芸者の杉村春子も切ない。男に逃げられて泥酔し、女将に言いたい放題の悪態をつきながらしばらくすると帰ってくる。そうするしかない寄る辺ない境遇。などなど。