「それでも漫画(人生)を描いていく」トキワ荘の青春 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
それでも漫画(人生)を描いていく
先日、藤子不二雄A氏が死去。
正直自分はA氏よりF氏好きだが、それでも作品は見ている。
最後の共作『オバケのQ太郎』に始まり、『忍者ハットリくん』『怪物くん』『プロゴルファー猿』…。
中でも印象深いのは、『笑ゥせぇるすまん』。
まだ子供だった私にとっては強烈で、異質の作品だった。ちょっと苦手意識さえ持った。
一貫して子供漫画を描き続けるF氏に対して、A氏はブラックユーモアの大人向け。
だからかどうしてもA氏よりF氏の方に魅せられた訳だが、それでも“藤子不二雄”名義の共作でスタートし、後にコンビを解消し、子供向けでもあり大人向けでもある独自の世界観や作風、個性を築き、日本の漫画史に貢献した多大な功績には敬服する。
改めて、ありがとうございました。ご冥福を。
そんなA氏の漫画家としての出発点。
手塚治虫に憧れ、F氏と共に入居。
今や日本を代表する偉大な漫画家たちが若き日頃そこで暮らした、今尚漫画家たちにとっても漫画好きにとっても“聖地”。
“トキワ荘”。
その居住者には…
手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄、藤子不二雄A…。
アベンジャーズなんて霞むくらいの“神様”ばかり。
そんな彼らの若き日を、史実に基づいてフィクションを交え描いた、1996年の作品。
もういつ見たか覚えてないくらい昔に一度見た事あるが、この機に改めて鑑賞。常々、もう一度見たいと思ってたので。
昔見た時は、まだまだこの市川準演出の意図が分からなかったのか、あまり面白くなかった印象を覚えている。
漫画や漫画家たちを題材にしているから楽しい作品と思ったら、ちっとも。
淡々と静か。退屈。夢の中へ誘われそう…。
だが改めて見て、そうであると同時に、また印象も変わった。“夢の中へ”ではなく、“夢見心地へ”。
温もりと哀切。しみじみと。
拘ったのであろう昭和の再現。雰囲気、ロケ地、美術、音楽などで、タイムスリップ気分に浸らせてくれる。
昔見た時分からなかった市川演出の意図が、今改めて見てやっと分かった気がする。
本作はほろ苦い大人の青春ノスタルジーなのだ。
そうである理由。スポットライトが当てられている人物らからも分かる。
“漫画家の卵”をメインしているので、手塚氏の出番は僅か。
その“漫画家の卵”の群像劇。
とは言っても、居住時から連載を持った石森章太郎や藤子不二雄ではなく、彼ら以外。人によっては“神様”ではあるけれど、
森安直哉。詩的で叙情溢れる作風が編集者には理解されず…。
赤塚不二夫。…いや、勿論氏は言わずと知れるほど有名。が、実はなかなか芽が出なかった苦労人。
そして、寺田ヒロオ。本作の実質主人公だが、恥ずかしながら森安氏同様、あまり存じ無く…。
トキワ荘に集った漫画家の卵たちのリーダー格。面倒見のいい頼れる兄貴分。A氏は非常に慕っていたという。
真面目な性格で、それは漫画にも表れている。
健全な児童漫画一本。
その為編集者からは、特色が無くて面白味が無いと指摘される事も…。
時代が劇画ブームとなってもそれに抗い続け、故に時代に取り残され…。
売れっ子漫画家となった後輩たちにも追い抜かれ…。
演じた本木雅弘は実直で抑えた好演魅せているが、実際の本人の心境はどうだっただろう。
苦悩、葛藤、焦り…あったに違いない。
売れっ子著名漫画家になれるのは、星の数の中からほんの一握り。
寺田氏も人気漫画家ではあるらしいが、失礼ながら手塚氏、石森氏、赤塚氏、藤子氏らほどでは…。
私も含めあまり知らない人も居る筈。(ファンの方、スミマセン!)
その漫画家人生も山あり谷あり。
漫画のように、自分の人生をスラスラと描けたら…。
でも、当然のようにそれは出来ない。
劇中で、頼みの綱の少年漫画誌が廃刊。場を失った。
やがて各々、苦楽を共にしたこの荘を去っていく。
歩みはそれぞれ。漫画家として成功した者、大成せず職を転々としながらもペンを握り続けた者、漫画の世界を後にしアニメーションの世界へ入った者、ペンを離し漫画自体から離れた者…。
我々は一部の売れっ子漫画家くらいしか知らず、憧れを抱く。
でも実際は、ほとんどの漫画家は、苦難の道。
それでも描いていく。
漫画が好きだから。
それぞれの思いで、ペンを握り、漫画(=人生)を描いていく。
1996年当時、本木雅弘はすでに役者として名声を得ていたが、周りの面々は劇団所属の無名ばかり。
が、今や日本の映画/TV界に欠かせない売れっ子に。
古田新太、生瀬勝久、阿部サダヲ…。
ちなみにA氏は、鈴木卓爾。
今見ると、レアな豪華共演。
改めて見て作品の魅力を再確認出来たと共に、色々興味も持った。
今再評価されているという森安氏。作品群の中でも、戦争時代の自伝的未完作『18才3ヶ月の雲』が見たい!
初の女性入居者。その人水野英子女史は、これまた知らない自分を恥じた。
少女漫画の“レジェンド”で、少女漫画に於いて初めて男女の恋愛物語を描いたり、ヒロインの瞳にキラキラ星を加えたりと、画期的な“初めて”を開拓。“女手塚”と呼ばれ、女史に憧れて漫画家を目指した若き女性たちは数知れず。
奥が深い漫画。
知れば知るほど、面白い。
漫画について、漫画家について、もっともっと知りたくなる。
だから我々は、漫画の世界に魅了される。