劇場公開日 1953年11月3日

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「淡々と、ただ淡々と」東京物語 pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0淡々と、ただ淡々と

2023年5月11日
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鑑賞方法:DVD/BD

知的

難しい

幸せ

人生において何度目かの鑑賞時、
「長男長女の気持ちもわかる!彼らに共感できる」と感じた時に「自分も大人になったものだなぁ」と思った。

長男長女は決して薄情なわけではない。ただ、両親をもてなす事より先にどうしても優先せねばならない事があるだけなのだ。
子供達の学習、目の前の仕事。顧客との信頼関係。
それらには「今、その時にせねばならないタイミング」というものがどうしてもある。違う選択をしてしまったらえらく遠回りになるか最悪は望む未来を断念せねばならないかもしれない。
長男長女も決して両親を疎んじたり蔑ろにしているわけではない。
ただ、どうしてもそれ以上に大切な事が1つ2つあるだけなのだ。

母、とみが倒れた時、長女が「喪服を持っていくか悩み、結局持っていく」という選択をするシーン。
これは本当に身につまされた。
心情的には「絶対、助かって欲しい!」と強く願うならば喪服を持参するのは言語道断かもしれない。
しかし、もし「万が一」の事態があった場合には、東京に喪服を取りに戻る金銭的余裕も時間的余裕もないのだ。
有り余る財力があるならば、飛行機で取りに戻る事も現地で調達する事も出来るだろう。だが、そんな事が出来るのは一部の富裕層だけだ。
医師だろうが美容室経営だろうが、子供達に充分な教育を与えたいと思ったら生活費にゆとりなんかない。
長男長女も、日々精一杯の努力を重ねて家族を守り育てているのだ。紀子が甲斐甲斐しく老父母に尽くせるのは、彼女にはそれら(守るべき城)が無いからだとも言える。老父母に尽くす事が今は亡き最愛の夫との絆を保つことでもある。
「私もやっぱり、喪服を持っていくだろうな」と思ってしまった時、「東京物語」という名作の凄さに近づけた気がした。

笠智衆演じる父・周吉もそれを充分に理解してくれていると思う。「子供達の現在」は、かつて自分も通ってきた道に違いないからだ。
子供達がきちんと巣立ち、彼ら自身の城を築いている事は、親として最大の幸せだと思う。
今、自分が人の親となった時、自分自身は子供達に何も求めない。
子供達に様々な経験や学びを(情・知・体すべて含め)与えてあげられることこそが最高に幸せだと思う。
巣立ちの日、繋いできた手を離すために。
当時の背景を思えば、大家族から東京に象徴される核家族化によって失われるものへの哀惜も描かれてはいるだろう。その一抹の寂しさはあれど、周吉もとみも子供達の現在に対して肯定的だと思う。
すべてを達観した周吉の眼差しに、観客は古今東西、人類が繰り返してきた日々の営みを見るのだろう。
悠久の歴史の中で幾億幾兆と繰り返されてきた家族の姿。生きるという事。
大空や大地、満天の星々を眺める時のような不思議な感覚に身を任せ、時間の海を揺蕩う。そんな感情を抱かせてくれる本作なのである。
いやはやとてつもない名作だ。

pipi
Mさんのコメント
2024年1月10日

でも、「私もやっぱり、・・・」の件は、とても心に残るレビューになりました。

M
Mさんのコメント
2024年1月10日

私は今でも、喪服は持っていきたくないです。

M