鶴八鶴次郎(1938)
劇場公開日:1938年9月29日
劇場公開日:1938年9月29日
1938年。成瀬巳喜男監督。新内節の若手・鶴八鶴次郎は実力と人気を兼ね備えてついに名人会に出場する機会が訪れる。もともとは鶴八の母が鶴次郎の師匠かつ共演者だったため、幼いころからよく知る二人だが、癇癪もちの鶴次郎に対して鶴八も負けん気が強くてけんかが絶えない。ある日、鶴八の後援者である若旦那がやってきたことをきっかけに大喧嘩となって、、、という話。
長谷川一夫と改名したばかりの林長二郎と東宝に入ったばかりの山田五十鈴が初めてコンビを組んだという伝説の作品。けんかしては仲直りする芸人カップルの様子をテンポよくリズミカルに90分で描く。物語の時間はおよそ2年間。たった90分とは思えない濃厚な2年間が描かれる。展開が速い(カットが速い)にもかかわらず一義的な解釈を許さない豊かな余情が残る。芸の向上を求めているのか異性として求めているのか本人たちにもわからない微妙な空気がすばらしい。
木漏れ日の中での会話。開け放たれた障子、窓、玄関。細かく変化する山田五十鈴の髪と長谷川一夫の声が大きな意味を生み出し、変化に乏しい両者の表情が微妙な差異を浮かびあがらせる。名作。
成瀬巳喜男監督作品
1938年公開、白黒映画トーキーです
日本映画のオールタイムベストにリストアップされているのは1956年の大曾根辰保監督のリメイク版の方で、本作では有りません
ところがこの作品、なぜかDVD も配信もなく今では鑑賞困難なのです
本作も同様です
どうしたことなのでしょう?
とは言え、本作も流石は成瀬監督という作品です
川口松太郎が1934年に発表した短編小説で第1回直木賞の作品ですから、お話自体が面白いのです
大衆演劇でも人気の演目だそうですから、お話の面白さは折り紙つきです
物語は大正時代、鶴賀鶴八、鶴次郎という新内節の名コンビの物語です
新内節というのは、調べてみるともともとは浄瑠璃の一派なのだそうです
ただし浄瑠璃のように人形は登場せず、その演目の内容を太夫が朗々と歌い、相方が呼吸を合わせて三味線を弾くというスタイルで、文化文政の頃の江戸で生まれ大流行したものとありました
鶴賀新内という人がその始祖だそうですから、鶴賀鶴八鶴次郎というその名前は名流であるいうことでしょう
鶴八が女性の三味線弾きで山田五十鈴が演じます
鶴次郎は太夫で新内節を唄い長谷川一夫が演じます
郊外の大きなお寺に二人でお詣りに行っているシーンが冒頭です
帰りの電車は右手に進行して東京に戻っていますから、川崎大師に行っていたように思えます
この二人、恋仲のようにも、夫婦のようでもあり、妙によそよそしくもみえます
でも帰りの電車の中での会話やほくろのやりとりでふたりは仕事仲間でありつつ、やっぱり本当は互いに気がある二人なのだと監督がスマートにかつ簡潔に説明します
芸の世界で仕事は至って真面目にビジネスライクに取り組んでいる二人なのですが、実はそうした恋愛感情を秘めているのです
それゆえなのか、ついつい仕事の事で意見が食い違うと売り言葉に買い言葉となる二人なのです
ラストシーンは鶴八の幸せこそを思い、心にもない嘘をいう鶴次郎
なぜそのような嘘を言ったのかの真相を語る長谷川一夫の見事な表情です
成瀬監督の的確な演出、長谷川一夫、山田五十鈴の名演、大満足の作品です
山田五十鈴は21歳
なのにやっぱりもう山田五十鈴なのです!
蛇足
映画関係者様
なにとぞ鶴八鶴次郎
本作と1956年版両方のDVD化、配信をお願い致します
できれば4K リマスターで!
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1)「鶴八鶴次郎」は池袋の新・文芸坐「山田五十鈴特集」で見た(山田五十鈴が亡くなった2012年か?)。その頃は小唄を習っていて師匠も勿論この映画を知っていた。小唄には何でもネタにする逞しさがあって「鶴八鶴次郎」という小唄もある。映画では新内の三味線は鶴八(山田五十鈴)で語りは鶴次郎(長谷川一夫)。二人とも芸に関しては譲ることを知らないプロの塊。鶴八のおっかさんが二人の師匠だったが年も近く若い二人、なかなか難しい。
小林信彦が書いていた。山田五十鈴は、映画、舞台、テレビの三つで最高峰を制覇した唯一の女優だと。舞台の「たぬき」もテレビの仕置き人も見損なってしまったのがつくづく悔やまれる。共通しているのが三味線。子どもの頃から仕込まれ精進し続けなければできない。若いときのおきゃんな可愛らしさ、大人になってからの色気や苦労、説得力ある演技力と美しさに恵まれた大好きな女優さん。
2)「国士無双」(1932)監督:伊丹万作
サイレント映画、片岡千恵蔵と山田五十鈴。コメディ、沢山笑えた。タランティーノみたいに章立て構成でそのタイトルがいちいち面白い。「メンタルテスト」とか。千恵蔵のセリフ「それには及ばぬ」がどんな問いかけに対しても延々と繰り返されるのがシュールで可笑しくてお腹痛くなった。千恵蔵、顔が大きくいい男!
3)「折鶴お千」(1935)監督:溝口健二 原作:泉鏡花。サイレントだがサウンド付き映画。クラシック音楽が面白く使われていて新鮮!枠構造の映画で枠の箇所はムソグルスキー「はげ山の一夜」、最後の悲しい箇所はチャイコフスキーの色んないい曲を使ったバレエ音楽「オネーギン」!可愛らしく美しく優しく壮絶な山田五十鈴17歳!宗ちゃんが自殺しそうになるところをお千が助ける場面なかった(もしかして寝てたか?)ので彼女が彼の学費稼いで助ける動機がよくわからなかった。お話としては「瀧の白糸」(舞台で一度見た)の方が華やかな場面もあり女が男の学費を工面する説得力がある。この映画はサイレントで溝口健二監督のがあるのかー!見たい。
2)と3)は、京都文化博物館(のある三条通りは、和洋の建物やお店があって素敵でこじんまりした風情ある路地)のフィルムシアターで鑑賞(2022.8.9.)
私の世代の人間にとって山田五十鈴は「必殺」シリーズのおば(あ)さんである。
その彼女がまだ若手女優で、東宝へ移籍して初めて出た作品が本作である。
冒頭の参詣のシークエンスで見せる可憐な笑顔。往年のファンが「ベルちゃん」と敬愛したことが十分に頷けるショットである。
一緒に歩いている長谷川一夫とのふたりは恋仲であることはこの笑顔で誰の目にも明らかになる。映画はこれを一切の台詞なしに観客に説得するのだ。
しかし、続く電車の中で並んで座るシーンでは、二人の間に交わされる先代の法要の話に、観客のこの確信が揺らぐ。
まだ始まったばかりのここまでで、これから素晴らしい映画体験が始まるという確信は固まる。
この後は、時にサスペンスフルでときにコミカルな男と女の関係を、成瀬巳喜男の映画がいつもそうであるように、スムースなつなぎによって心地良く語っていく。
あまりの心地良さにうっとりとしたので、途中で眠ってしまった。山田が芝居小屋の開業資金を大店の旦那に出してもらい、それが長谷川に知れてしまった前後から記憶がない。
気がつけば、山田は大店の奥様になっており、長谷川は場末の芝居小屋で小銭を稼ぎながら酒浸りの生活をしている。
素晴らしいショットを見逃したのかも知れない。しかし、そんなことは大した問題ではないと思わせる最後の口論の「嘘」。
その「嘘」を藤原釜足に語る長谷川に、銚子からガラスコップへ持ち替えさせる演出がいつまでも心に残る。
劇場から家までの電車の中。次の日。1週間たっても、この時の長谷川の顔が瞼から消えない。