激流に生きる男(1962)のレビュー・感想・評価
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おいらはボクサー
もとは石原裕次郎主演で企画されていたが、裕次郎のスキー事故での負傷により、赤木圭一郎が代役に、しかし今度は撮影の昼休憩中に赤木がゴーカート事故で死亡したため、脚本などはそのままに代役として、当時ニューフェースとして大きな期待を集めていたナイスガイ、18歳の高橋英樹が初の主役に抜擢。後に赤木で撮った未完成フィルムの一部と俳優たちの座談会などで構成された「赤木圭一郎は生きている 激流に生きる男」(1967)が公開された。何か呪われたような映画ですね。
元プロボクサーの竜太郎(高橋英樹)は、自動車に轢かれそうになった利夫という少年を助けた、少年の若く美しい叔母さかえ(吉永小百合)は港のナイトクラブ“サファイア”のマダム、それが縁でクラブで働くが店を買い取ろうとする暴力団に嫌がらせを受け、なんとか打開しようと頑張る竜太郎。
17歳の吉永小百合がクラブのマダム役、キャラからいっても不向きだが若い竜太郎を惹き止めるにはピッタリかな、二谷英明さんがヤクザの兄貴分の敵役で登場、なんでと思ったら最後は二谷さんらしく納得。
英樹さん熱演でしたが、当時の日活では主役が歌うのが定番でしたが主題歌は今一かな。劇中でもクラブのバーテンダーなのに和服姿、どうも英樹さんは180cmの長身ながら胴長で股下が短めなので現代アクションスターには不向きということで後に任侠ものや時代劇に転身したらしいが、その兆しだったのかも・・。
吉永さんとハッピーエンドかと思ったら船に乗る竜太郎、そもそも八百長を仕掛けたヤクザを正当防衛で撲殺したことでボクサーを止めた竜太郎、人生を例えた川の流れ、水が止まらないように過去を忘れて激流に生きる道として外国航路の船乗りの道を選んだわけだが、別れを悲しむ少年の嘆きはまるで西部劇の名作「シェーン(1953)」のラストのような印象、良いエンディングでした。
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