「ヒルダに命を吹き込んだ市原悦子さん。稀代の名優の技。」太陽の王子 ホルスの大冒険 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
ヒルダに命を吹き込んだ市原悦子さん。稀代の名優の技。
未来に残したいアニメと聞かれたら、
『ガンバの冒険(TV版)』『宝島』『未来少年コナン』と、この映画。
初見は小学生。4年生だったか。
TVアニメやディズニーでは、基本的に勧善懲悪か王子に助けられる無力なプリンセス。
そんな中で出会ったこの映画。
スピード感あふれる風の狼との攻防。カジキマグロとの闘い。ラストの攻防。モーグとマンモス。胸が躍った。
あんな結婚式を夢見た。
でもそれだけではなく、策謀、陥れ、裏切。
葛藤、迷い…。
ヒーローの活躍もあるけれど、ヒロインの喜び・悲しみ、そして決断。
澄み渡るような楽曲、踊りだしたくなる楽曲。
なんていう映画なんだ。画面にくぎ付けになった。
再見。
大胆な動き。静止画としても美しい水彩画のような背景。そこにデフォルメされたキャラクターのバランス。なんて見事なんだ。生活苦にあえいでいた頃の暗い色調から、魚の遡上に合わせて色彩から変わるところなんか、その変化に合わせて心が躍る。
ヒルダやグルンワルド達を、寒色の青・紫・白・銀にまとめ、ホルスや村人を太陽のオレンジを基本としたアースカラーでまとめているところも見事。村長たちは彩度が暗かったりするところもツボ。
そんな画面に見惚れているが、その絵に命を吹き込む声。平氏、東野氏、小原さん…。
その中でも出色は市原さん。幼く見えるこけしのようなヒルダの顔(注:森康二氏のデザインのファンです)。だが、市原さんの声が入ると、少女のような、とてつもなく年上のような。魅惑的に人を誘い、どこか冷たく突き放す。高貴な姫でもあり、村娘でもあり。孤高の存在でもあり、でも寂しげな…。勿論、絵のヒルダの表情も多彩に変わる。歌声も、どこまでも澄み切って、村人ではないけれど、手を止めて聞き入りたくなる。歌っている歌詞はとんでもないのだが…。よくぞ、ここまで声質が似た方を見つけたもんだ。
アイヌユーカラを基にした劇『チキサニの太陽』を基にした物語。アイヌの話ではヒットしないという、会社の判断で、漠然と北の国の話としたとのこと(『東映動画 長編アニメ大全集 上巻』より)。この話の素朴さ・人間賛歌はそこから来ているのか。良質な児童文学さながらの物語。
「世界を救う」的な中二病的な話が蔓延している今としたら、スケールは小さいのかもしれないが、自分の村=全世界的な認識の子どもの頃。そうでなくとも、今自分が生活している村を救えなくては世界なんか救えない。
「悪魔が力で村を潰すんじゃなくて、人々の心を操り破滅に誘う」というのも、物語の世界では温故知新だが、大抵のTVアニメや映画では、怪獣がやってきて潰すのが定番だったから、斬新な発想だった。
確かに、話のつなぎが唐突に見える部分はある。
静止画でも美しいが、アニメーションとして見たい場面もある。
特に、迷いの森は短すぎて、展開が安直に見えて惜しい。
『白蛇伝』以来毎年長編映画を作っていた東映が、TV等の煽りを受け、いったん中断した後に、持ち上がった企画。しかし、スケジュールの停滞、予算オーバーにより、中断の話も出た中、動画を静止画にとか時間の短縮等を余儀なくされて、でも完成にこぎつけたとか(Wikiより)。
もし、その頃の没になったセル画等が残っていて、ディレクターズカット版(監督が故人なので、当時携わっていらした方でよい)が作れたのなら、どんな作品になったのだろう。
興行作品には、常に付きまとう問題。
興行成績が振るわなかったとのこと。でも、それで作品の出来を貶めるには当たらない。
予告編を見たが、この映画の良さを伝えているとは思えない。
製作者たちは高校生等をターゲットに置いていたが、会社は小学生にターゲットを置いて販促したとか。いや、昭和期、子どもに見せる映画のチョイスは大人。大人がこの映画の価値をわかっていなかったんだと思う。
今でも根強いファンがいる映画(私だが)。
一生モノの、否、未来に伝えたいと思う映画に出会えた喜び。
そんな映画をありがとう。