大魔神のレビュー・感想・評価
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『カムイ伝』を大いにリスペクトしている
1964年に『月刊誌ガロ』に掲載が開始された『カムイ伝』を大いにリスペクトしている。なお、その後の同じ作者の『カムイ外伝』とは大きく違うので、注意すべきだと思う。カムイ伝は読むべきでだと思うが、簡単に言って『階級闘争』と言えよう。この映画はそれをデフォルメしていると思う。従って、単純な勧善懲悪ではないし、日本古来の伝承による世直しや復習でも無い。大変に奥が深い子供向けとは思えない作品と感じる。同じ時期に東宝のゴジラシリーズは、ゴジラの息子とか南海のエビラとか、大映でもガメラとか騒いでいた時期である。私はそちらに勧善懲悪の末路が見えていた。世の中はそちらが主流になり、所謂、ヒーローにすがる話へと変わっていくのが嫌だった。この映画はその一滴の清涼剤で、最後のあがきの様に感じる。
小学校3年生位の時に封切りで見た。『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』
『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』には全く感動できなかった。
勿論、大映的には興行は振るわなかったと思う。それでも、第三作まで全部見られるので今回全て見てみる亊にする。第二話と第三話は始めて見ると思う。
追記 足場のある2つの十字のある十字架はロシ○正教の十字架だ。日本では『ニコラ○堂』がそれに当てはまる。だから、関係者に信者の方がいらっしゃるのかもしれない。このシリーズどう見ても、日本古来の地縛の神様には見えない。
話が陳腐だけど
話が陳腐なのと、大魔神が動くまでの時間が長くてテンポ悪いのでイライラしたけど
大魔神が動きだしたら、面白かった。
色んな工夫が面白く、人間を掴むのは技術的に難しいか?と思ってたらちゃんとがっしり掴んでくれて
わーい!ってなった。
続編の三隅監督が撮ってるのがどうなってるのか気になるので観たい。
大映4K映画祭を映画館で鑑賞
容赦ない物理力
大魔神、知ってはいるけど映画を観たことはなかった。時代劇と特撮の組み合わせ、悪くないですね。
大魔神によって、悪人は踏みつけられ、握りつぶされ、串刺しにされと容赦ない。悪人を殺した後、荒ぶる神は新たなターゲットを求めて村人にも襲いかかる。それを姫と少年が鎮め、大魔神は土塊となって崩れ落ちる。
大魔神が暴れるシーンは、まるで自然の猛威を擬人化したよう。人の力わ寄せ付けず、圧倒的な物理の力でなぎ倒す。
今の時代にも合いそうで、新作を作っても良いのではないかと思った。
【”山の神、悪逆非道な領主に鉄槌を下す”。”50年以上前とは思えない、役者陣の演技と、大魔神が暴れる特撮部分の融合にカタルシスを感じる作品。】
■時は戦国。丹波・花房領で家老・大館左馬之助とその一味による謀反が起こる。
両親を討たれた幼い花房忠文と小笹は、魔神が封じられているという山の洞窟に10年間もの長き間、潜む。
左馬之助ら悪の勢力が栄え、領民が困窮するなか、小笹の祈りに応えて伝説の大魔神が到頭現れる・・。
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・時代劇の勧善懲悪を地で行くストーリー展開に惹きつけられる。
・後半20分まで、大魔神は埴輪の様な無表情で滝の上に立っているが、左馬之助の家臣たちがその額に鉄柱を打ち付ける処からが凄い。
・赤い血が流れ、地鳴りがし、大魔神は顔の前を腕で一瞬隠すと現れ出でたる猛烈な怒りの形相である。
■そして、大魔神は光となって花房忠文や小源太が正に処刑されようとする城下に現れるのである。櫓を壊し、左馬之助の家臣たちを踏みつけ、更に逃げ惑う左馬之助を掴み自らの額に打ち付けられた鉄柱を左馬之助を十字架の上に押さえつけ、鉄柱で胸を貫くのである。
<大変面白く鑑賞した。ゴジラを含めたそれまでの現代を舞台にせず、圧政に苦しむ時代に場を変えた事や、大魔神の”誰がデザインしたんだ!”と思う程の憤怒の形相に度肝を抜かれた作品。”抜かれるんなら、度肝だよね!”>
製作側の不退転の真剣さが伝わってくる驚異の邦画娯楽大作
特殊撮影の時代的制約は当然あるけれど、当時の持てる技術にありったけの情熱を注いで作り込んでいるのがひしひしと感じられ、映像の質感がたまらなく素晴らしいことも相俟って、邦画が熱かった時代の映画らしい映画を見たという感慨が湧きあがってきた。
展開的にやや間延びする感もあったけれど、圧巻の「大魔神様」による怒りの懲罰劇を見させて頂けたので十分満足ですよ。
最初に観たのが2作目で、それが素晴らしく良かったので1作目を楽しみにしていたというひいき目はあるけれどもね。笑
早く3作目も見たいもんです。
阿修羅のごとき
だいまじん…例えとしてよく聞くけど、本物を見たことなかった。これだったのか!
やはり眉間はいけないね。そんな大事なところを傷つけたら、そりゃ怒るよ。年長の人の忠告を聞かないから、こういうことになるんだぞ。
しかし、悪政10年かー。ずいぶんとこの地の民は、我慢強いものだ。一揆とかなかったのかね。でも、現代の日本人も、物価が上がっても、給料が上がらなくても、あまり文句言わないから、民族性か? ほんとに言葉や金銭的な心配がなかったら、国外脱出したい……。
BS日テレ木曜特選時代劇を録画で。
圧倒的な存在感
怪獣映画を期待して見始めたらめっちゃ時代劇。全然魔神出てこないからつまらないということもなく、普通におもしろかった。大魔神の活躍を予感させながら話が進むので、期待感も維持できて良かった。そして終盤ようやく登場し、怒りに満ちた表情で城を打ち壊していく大魔神。その圧倒的な佇まいと恐れおののく人々の対比が鮮やかでとても良かった。特撮もリアリティあり、迫力満点で見応えあった。
GYAO!
時代劇の中の大魔神
本当に山の魔神はいるのか? 高田美和扮する花房小笹姫は、母の胸で震えていた。折しも謀反が起こり若君と姫は魔神の山へ逃げた。そして10年経ったところで高田美和登場。しかし悪政を10年も許していたのか。大魔神が怒るのが遅すぎるんじゃないかな。昔観たはずなんだが、大魔神が時代劇との組み合わせだったのは忘れていたよ。高田美和の名前が一番先に出て来たが、役割としてはアイドル的な位置付けだったんだろうね。
シリーズ中では最高峰。
やっぱり一作目はよく出来てる。悪徳領主に良き二代目領主、巫女様に平民達と皆それぞれ役割十分。魔神様の怒りの表情もピカイチと思う。あとはやっぱり空の色と背景色。CGなんてない時代。こういうものもしっかり感情表現につながるんだなー、とまじまじ思う。
阿羅羯磨(アラカツマ)、憤怒の進撃!
大魔神シリーズ第1作。
Amazon Prime Video(シネマコレクション by KADOKAWA)で鑑賞。
ガメラシリーズと双璧を成す、大映特撮映画の看板シリーズが誕生。時代劇と特撮の融合によって、大人の鑑賞にも耐え得る良作となっていました。ストーリーは勧善懲悪のシンプルさで、誰が観ても入り込み易くなっているのがこれまた良き…
大魔神出現の要因は、恨み、呪い、復讐…。大映作品らしさ全開のおどろおどろしさが、伊福部昭の劇伴と相まって、他の特撮作品には無い存在感を醸し出しているなぁ、と…
怪獣映画と言えば平均的に2回から3回、怪獣出現シーンが挿入されるものですが、本作においては、クライマックスまで大魔神阿羅羯磨(アラカツマ)は姿を見せません。
耐えて耐えて耐え抜いて、最後の最後にめちゃくちゃ溜飲が下がるカタルシスが待ち受けているのであった。こう云うのが嫌いな人って、あんまりいないんじゃないかしら…
埴輪みたいな石像が、願いを受けて動き出し、柔和な表情が憤怒の形相に変化した瞬間は、カラダがゾクゾクッ、と震え上がるほど、恐ろしくて印象深いシーンだなと感じました。
時代劇となると、セットや衣装に金が掛かる。ましてや、特撮もあるんだからそこにも金が掛かる。ケチるととんでもない低クォリティーの作品になってしまいますが、本作はどちらも妥協無しの素晴らしい出来映えだなと思いました。
大魔神はゴジラやガメラに比べると、身長が低いため、ミニチュアを使った特撮だけではなく、実物大の模型を使った大規模なシーンをつくることが出来る、と云う特色がありました。
サイズが小さい分、とてもリアリティーがありました。逃げ惑う人々のシーンが合成ではなく、本物であるが故に放たれる凄まじい迫力は、唯一無二のものだなと思いました。
[余談]
当時、「大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン」と同時上映だったそうな…。パイオニアである東宝ですら不可能だった、特撮映画の二本立て興行をやってのけた大映…。東西ふたつの撮影所を持っていたからこそ出来た芸当なんだろうなぁ…
※以降の鑑賞記録
2022/03/12:Blu-ray(4K修復版)
※修正(2022/03/12)
佐々木ではない
2019年5月16日 #大魔神 鑑賞
大魔神佐々木ではない本家の大魔神。パロディーにするぐらいだから甘く見ていたが時代劇としてよくできてました。特撮もあの当時にしてはよく作られていてこれが特撮時代劇の先駆者かと感慨深くなりました。顔だけで進化するとは、トランスフォーマーとは大違い。
日本特撮だけでなく日本映画の宝です
1966年4月公開
大怪獣決闘 ガメラ対バルゴンの併映作品
ガメラが東京撮影所に対して本作は京都撮影所の作品です
日本の特撮映像の金字塔にして、日本映画オールタイムベストのリストに入る名作です
日本の特撮とは何か?
大映にしか撮れない特撮とは何か?
それを真面目に研究して正しい答えを出しています
大映、それも京都撮影所が特撮をやるなら、それは時代劇に題材を取るのは当然です
破壊シーンは当然日本家屋なり日本の城郭になる
ならば、溝口監督作品の精緻を極めた美術セットを作る技術や職人達
時代劇なら存分にいくらでも迫真の演技を見せることのできる俳優達
その衣装、小道具
全て他社に勝りこそすれ劣る所は何一つない
そして時代劇の大ヒット映画を何本も撮って来た監督、カメラマンがいるのです
それが監督の安田公義、撮影の森田富士郎です
美術の内藤昭は、大映時代の溝口健二監督の美術監督であった水谷浩の弟子
美術に特に尋常でないほど厳しい溝口監督に鍛えられた人です
溝口監督の近松物語や新・平家物語の美術助手をした人といえば凄さが伝わると思います
その後も最盛期の大映京都撮影所の美術を切り盛りしてきた人物なのです
これらの一流どころが特撮映画に取り組んだわけですから、素晴らしい作品が出来上がったのは当然かもしれません
しかも音楽には東宝特撮で有名になった伊福部昭です
彼の日本の土俗的な感覚を取り入れた音楽は、本作に実にマッチしています
チェコのゴーレム神話を日本の戦国時代の物語に見事に翻案した脚本
結末に土塊に変わり崩れさるシーンにはしびれました
魔神の埴輪をモチーフにした石像
憤怒の顔にかわる超有名シーンのインパクト!
その顔面デザインは仁王像をモチーフにしており更に青銅の肌をした色彩なのです!
そしてスーツアクターの目力!
黒澤明監督の砦のオープンセットを思わせるような砦の工事現場シーン
お城の破壊シーンも、土埃をあげて崩れる瓦の大屋根、板壁や土壁や太い梁が割れ裂け崩れるその様の迫真さ、リアリティさ!
東宝特撮にはできない、大映京都撮影所だけが撮ることの出来る映像なのです
見事な独自性とクオリティを達成して見せているのです
日本特撮だけでなく日本映画の宝です
大魔神の怒り
あの雰囲気とサイズ感が時代劇に合ってる。
セットの精密さも東宝の「ラドン」のセットと変わらないレベルで瓦が崩れていくシーンなどはちょっと凄いとしか言いようがない。
勿論、時代劇としての作りもしっかりとしており、甲冑や家臣の風貌などセットと共に手を抜いてない。
野外のセットも現代セットと比べて全てが大掛かり、農民や家来の数も多い。ヘラヘラ笑ってるようなただのエキストラは居ない。
この重厚な時代劇の下地があってこその大魔神の天罰が活きる。
謀反した左馬の助一派領民への容赦ない様子などはナイスなエッセンスである。
左馬の助本人ともかく、家臣は祟りを恐れてあたふたするのも面白い。
クライマックスの天罰シーンは引っ張った末に一気に噴き出す感じ。
顔が怒りに変わるシーンは短くスッと言う感じ。
襲撃された砦の侍が大魔神を打ち倒せず、鎖で引きずられる無力な事(笑)
何故か投石機も登場するし、火縄銃も多い(上洛を考えていただけあって左馬の助凄い)
まぁ全く効果ないのですが…しっかりと天誅が下されて終わったと思いきや、まだ暴れる魔神さま(笑)
村人までぶん投げています。
神様って都合良いだけじゃないんですね。
でも、魔神は乙女の涙に弱いので崩れさっていくのがあっさりしすぎのラストです。
色んな意味で凄い作品なのですが特撮を観ててスーツアクターの目があれだけのインパクトを見せるのには驚いた。血走ってて怒ってる大魔神その物に見える。
小学校の頃、みんな真似をしていた!
大魔神はすごい。昔観た時には白黒のイメージだったのにカラーだったんだな。あんな顔色だったのか・・・息止めてんのかな?
時は戦国、キリスト教文化も入ってきて、銃もすでに輸入していた時代。神を崇める領民と穏やかな政治の花房一族。突如の謀反により政権交替し、城を築くばかりの重労働と圧政。領民と生き残りの武士の怒りが頂点に達する頃、祈りによって大魔神が蘇った!ゴジラにも通ずる雰囲気が面白い。音楽だってゴジラと同じ作曲家だ。
ストーリーは全くの勧善懲悪の時代劇。それにゴジラをプラスしただけなのに、手に汗握るような展開にワクワクさせられるのだ。若も姫も敵にわざわざ捕まるために行動していてB級感が漂うのだけども面白いのだ。満足・・・
神が怒れる時
ガメラシリーズと並ぶ大映特撮の名作。
1966年に3本が公開され、その記念すべき第1弾。
この頃東宝ゴジラは徐々に子供向けへとシフトし、前年に始まったばかりの大映ガメラも後に子供向けになっていったが、座頭市シリーズや眠狂四郎シリーズなどで評判の大映時代劇の要素を活かし、大人の鑑賞に耐えうる作品となっている。
時代劇と特撮が巧みに融合、正統派の勧善懲悪時代劇として普通に面白い。
戦国の世。ある城下で家老が謀反を起こし、城主は討たれたものの、まだ幼い遺児兄妹は忠誠な家来に助けられ、難を逃れる。巫女の助けもあってある洞窟に身を隠すが、そこは恐ろしい魔神伝説が言い伝えられている山であった。
十年が経ち、悪政はさらに民を苦しめていた。いよいよ行動を起こすが…、敵の手に落ちてしまう。
捕らえられ、殺され、そして魔神像までも壊されようとした絶体絶命のその時…!
大魔神が登場するのは終盤になってから。それまでは人間ドラマがメイン。
特撮映画のあるあるは人間ドラマ部分がつまらない事が多いが、本作は王道時代劇として本当に面白く見入ってしまう。
主人公たちの危機、悪役が居て、メリハリあって分かり易く見易い。
それにしても、この暴君ときたら…。神をも恐れぬ人の傲慢、暴挙とはまさにこの事。
そしてそれら悪行には必ず天罰が下る。
暴君の命で、魔神像の額に杭が打たれる。
魔神像の額から血が。突如として起こる神の怒りの如き天変地異。
清い乙女の涙と祈り。
遂に魔神が動き出す。民の怒りや悲しみを代弁するかのような、その憤怒の形相!(この顔変化のシーンは、真似した方も多いのでは)
城下に姿を現し、悪党どもを追い詰めていく…!
この魔神の目覚めから、襲撃のクライマックスがとにかく迫真!
怪獣映画との大きさの違いもあるが、より精巧に作られたミニチュアが重厚感をもたらし、その中を人間の約2・5~3倍ほど(身長4・5メートルの設定)の大魔神が、ズシン、ズシン…と重々しく蹂躙する様はかなりのリアリティー。
特撮と合成の技術も素晴らしく、当時の東宝ゴジラよりレベルが上のように感じる。
恐れおののき逃げ惑う悪党ども、迫り来る魔神…怒涛の展開や画の迫力も魅せるものがある。
伊福部昭による音楽はまるで怪獣映画のよう。
本当はもっと神々しい音楽を付ける予定でいたが、怪物のような形相とクライマックスの暴れっぷりに急遽音楽を書き直したという。
そう、慈愛に満ちた神などではない。
恐ろしいほどの怒れる神なのだ。
ひと度怒れば、留まる事を知らない。
全ては人間の愚かさ故。
神の怒りを鎮める事は出来ないのか…?
その時、再び清い乙女が涙を流す…。
何処か荘厳すら感じさせた。
半世紀経っても全く色褪せない面白さとクオリティー。
正直、大映特撮としては昭和ガメラよりも、正義のヒーローとなってしまった東宝ゴジラよりもずっと好き。
全24件中、1~20件目を表示