劇場公開日 1962年9月16日

「Period Drama」切腹 あんのういもさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 Period Drama

2025年9月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 武士に焦点を当てた時代劇には、大きく二つの特徴がある。一つ目は、神格化された武士像である。何より武士を格好良く描く。強く、逞しく、勇ましく、時には心優しい。そんな武士像を描くことが多い。二つ目は、「勧善懲悪」という思想である。悪者は善者によって懲らしめられ、その解決ぶりに爽快感を得る。しかし、この二つの特徴がまるでない時代劇がある。それが「切腹」である。
 この映画は第16回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しており、特に、海外で高く評価されている。なぜ評価されたのか。前述したように、通常の時代劇では「勧善懲悪」の思想が色濃く反映されている。しかし、このような勧善懲悪の構図は、東アジアの物語文化において顕著であり、ドイツの哲学者ヘーゲルが植え付けたヨーロッパの根本思想には、このような勧善懲悪的な、善者が悪者を征伐するような思想がない。西洋思想では「正(テーゼ)」に対して「反(アンチテーゼ)」が生まれる。これは決して「悪」ではない。そして、この二つから「合(ジンテーゼ)」を導き出す。正義が悪を滅ぼし、正義だけが生き残る構図はなく、そこから新しいものを導き出す。「切腹」の構図で考えてみても、切腹を迫られた際、「待ってくれ。猶予が欲しい。」と言った求女の気持ちもわかるし、竹光で無理にでも腹を切らせた解由の考えもわかる。それに対して「なぜ、求女が猶予を求めたのか。話だけでも聞いてやれなかったのか。」と言った半四郎の言い分もわかる。この誰が悪いとも言い切れないリアリティにこの映画の核心が潜んでいる。ヨーロッパでは「切腹」から「ギリシャ悲劇」が連想された。このような構図は、西洋においてはヘーゲルの弁証法にも通じるものがあり、また、ギリシャ悲劇に通じる「避け難い悲劇性」をも感じさせる。ギリシャ悲劇を連想させた根本的要因は、このヘーゲルの思想を介して、類似点を見出したからではないだろうか。そのことを踏まえると、この構図が海外で評価されたことは間違いないだろう。
 その他にも、時間軸を錯綜させた脚本。静と動。全編通した、ただならぬ緊張感。様々な要素がこの映画を形作り、色付けてゆく。この作品において、「正義」とは誰のものだったのか。「責任」とは何に帰すべきなのか。それを問うこと自体が、この映画の根幹なのかもしれない。

あんのういも
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